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彼の右腕
 ゴーストタウンの様相を呈するメインストリートを歩くこと、約十五分。
 雑貨屋の店主が言っていた通り、シャッターが閉まった商店街の中、唯一明かりが灯っているのが件のカフェ『RIGHT‐HAND』だった。
 以前はベーカリーか何かだったのだろう。やけに窓が大きく、中の様子がよく見える。古びた外観の割に店内はこざっぱりとして、掃除も行き届いているようだ。飴色に光る天然木のカウンターの向こうでは、店主らしき男が一人、黙々とカップを磨いている。
 意を決してドアを開ければ、カランと軽やかなベルの音が響いた。
「いらっしゃいませ」
 カウンターの奥からそう声をかけてきた男に、思わず息を飲む。
 パリッとした白いシャツに黒のベストと長いエプロン。絵に描いたようなカフェの店主は、まさに写真そのままの――三十年前からまったく変わっていない姿の――ジョン=スペクターその人だった。
「旅の方かな? 何もない町ですが、うちのコーヒーは旅の思い出になりますよ。ちょうど昨日、珍しい豆が入ったところなんです。お試しになりませんか」
「あ、ああ……。じゃあ、それを頼むよ」
 必死に平静を取り繕いながら椅子に腰かけ、カウンター越しに店主の様子を窺う。
(まさか……本人、なのか……?)
 そんなわけはないと頭では分かっている。三十年という月日は残酷だ。どんなに若作りをしたとしても、ここまで変わらないわけがない。
 しかし相手は伝説のスパイ。しかも変装の達人と謳われた男だ。これが素顔である保証もない。ここはもう少し踏み込んで、探りを入れてみるべきだろう。
「ところで、変わった店名だけど、何か由来でもあるのかい?」
 いささか唐突な質問に、真剣な表情でコーヒー豆を挽いていた店主は、ふと表情を和らげた。
「なあに、昔の話です。私にはかけがえのない右腕――相棒がいたんですよ」
 思いがけない返答に眉をひそめた次の瞬間、外からざあ、と雨音が響いてきた。先ほどから雲行きが怪しいとは思っていたが、とうとう降り出してしまったらしい。
「おや、雨が降ってきましたね。傘はお持ちで?」
「いや……生憎と持ち合わせがないが、急いでいる訳じゃないからな。ここで雨宿りをさせてもらうよ」
「それでは、雨が止むまでの暇潰しに、昔話でもお聞かせしましょうか」
 ミルを回しながら、店主はゆっくりと語り始めた。


 昔むかし――かの《星間戦争》が続いていた頃の話です。
 強大な軍事力で宇宙を支配しようとした《帝国》と、帝国の圧政に立ち向かう《惑星同盟》との熾烈な戦いは、実に二十年近くも続いていました。
 その頃、私と相棒は、ちょっと大きな声では言えませんが、同盟の諜報部に所属しておりまして。帝国で密かに開発されていると噂される新兵器の情報を得るため、帝国軍基地に潜入したのです。
 結論から言いますと、この仕事は半分成功、半分失敗でした。まだ開発途中だった新兵器の情報を入手したまでは良かったのですが、脱出する際に帝国兵に見つかり、激しい銃撃戦となって――そこで私は相棒を失いました。そして、奪取した新兵器の研究データもまた、彼と共に爆発に巻き込まれて塵と消えたのです。
 しかし、研究データが完全に失われたことで、帝国は新兵器開発を断念。一方、同盟は新たな支援国家を得て勢力を増大させ、数年後に戦争は終結しました。
 相棒の死は無駄にはならなかった。でも、彼の功績は決して語られることがない。
 だから、せめて私だけは覚えていたい、彼の伝説を語り継ぎたいと、そう思いましてね。

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