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運命の天秤
 人生における幸運と不運の量は、実は釣り合っているのだと、何かで読んだことがある。
 その法則が正しいのだとすれば、俺の人生はそろそろ終わるのだろう。

 思えばここまでの道程は、あまりにも幸運に恵まれすぎていた。
 本来なら厳重警備が敷かれているはずの敵軍基地が、磁気嵐の直撃を食らって沈黙したのが、第一の幸運。
 その混乱に乗じて基地内へ侵入し、目的のブツ――敵軍の新兵器らしい――を奪取することに成功したのが、第二の幸運。
 誰にも見咎められることなく基地を脱出し、偽装IDと船舶コードを使って宇宙港から悠々と飛び立つことが出来たのが、第三の幸運。
 ここまでスムーズに行くことなど滅多にないから、今回の俺は本当についている。コードネームを「ラッキーボーイ」にしてやろうかと思ってしまうくらいだ。
 この辺りの宙域は安定しているし、小型艇は先日整備を済ませたばかりで絶好調。エンジンの調子も上々だ。
 あとは仲介人との待ち合わせ地点へ向かうだけ。それも自動航行で手間いらず。仮眠を取っているうちに到着するはずだった。

「くそっ、なんでこんなところに!?」
 耳をつんざくようなアラートに叩き起こされた時には、目の前に彗星が迫っていた。
 自動航行システムがこの彗星を探知できなかったわけもない。なぜもっと早くに回避行動を取らなかったのだろうか。
 ログをチェックすれば何か分かるかもしれないが、そんな悠長なことはしていられない。大急ぎで自動航行システムを切り、手動で回避行動を取ったが、間に合うわけもなかった。
 数秒後、俺の乗る小型艇は彗星に突っ込み、大破。
 辛うじて爆発四散は免れ、しかもこれだけの衝突事故なのに俺自身はどうにか大した怪我もせずにピンピンしている。
 ああ、本当に運がいい――なんて思えるわけがない!
 エンジンも機械系統もすべて沈黙。操縦室はまだどうにか気密が保たれているが、恐らく酸素タンクもやられているだろう。
 どうせなら痛みを感じる間もなく、小型艇ごと宇宙の塵になりたかった。こんなところでのんびり窒息死を待つしかないなんて、やはりここまでが幸運すぎたのだ。
 幸運と不運の帳尻を合わせるために、こんな無惨な最後が用意されていたのだとしたら、これほど不幸なことはない。

「アノー、モシモシ?」

 ああ、とうとう幻聴まで聞こえ出したか。

「基地ニ侵入シテ、私ヲ盗ミ出シタ泥棒サン?」

 ……随分と具体的な呼び方をしてくる幻聴だな。

「アノ! 私モコンナトコロデ死ニタクナイノデスガ!」

 幻聴のくせに何を言い出すんだ、と呆れたところで、副操縦席に固定しておいた金属ケースが何やらガタゴトと暴れていることに気づいた。
「幻覚か……?」
「チガイマスヨ! 私ヲココカラ出シテクダサイ。オ手伝イヲイタシマショウ」
 奪取するよう依頼された新兵器とやらの詳細情報はもらえなかった。持ち運びが出来る大きさなのだから、どうせ携帯武器の類だろうと高をくくっていたのだが、どうも違ったようだ。
 依頼者や依頼品については詮索しないのがポリシーだったが、どうせもう助からないのだ。最後にちょっとだけ信念を曲げても、誰も咎めはしないだろう。
「早クシテクダサイ! 助カリタクナイノデスカ?」
「幻聴のくせに生意気だな。ちょっと待てって」
 厳重にロックされたケースをこじ開けると、中から飛び出してきたのは、青く発光する――うさぎ?
「生物兵器!? って、いや、まさかな……やっぱり幻覚かな……」
「チガイマスッテバ! 私ハアナタ方ガ言ウトコロノ宇宙人、イエ宇宙兎デスカネ。ウッカリ帝国ニ捕獲サレテ、軍用兵器ニサレルトコロダッタノデス」
 これが幻覚なら、俺の脳みそは随分とファンタジーに染まっていたのだろうし、これがもし現実なのだとしたら、むしろ現実こそがファンタジーだ。
「お前さんには、軍用兵器になるような特殊能力でもあるっていうのか?」
「ハイ。ソノ能力ヲ使ッテ、アナタノ(ちから)ニナリマショウ」
 ぴょん、と軽やかなステップで俺の肩に飛び乗り、耳元で囁く。
「行キタイ場所ヲいめーじシテクダサイ」
「はあ!?」
「イイカラ早ク!」
 幻覚でないとしたらこれは夢だ。きっとそうだ。最期の夢を見ているんだ。
 夢ならば、どんなことも叶うだろう。
「行きたい場所か……」
 ここでない場所なら、それこそどこでもいい。思いっきり息が吸えて、エアスーツなしでも行動が可能で――どうせなら、景色がいいところがいいな。

「ハイ、着キマシタ」

 呑気な声に、思わず目を瞬かせる。
 気づけば俺は大草原のど真ん中に突っ立っており、青い兎が俺の肩を容赦なく蹴り飛ばして、青草の上にぴょんと着地したところだった。
「イイトコロデスネ。ココハドコデスカ?」
「どこって……俺が知るわけないだろ」
「ソンナワケナイデスヨ。アナタガ強クいめーじシタ場所ニシカ、私ハ飛ベマセンノデ」
 どこか自慢げに言ってのける兎。
 半信半疑で腕時計型端末を操作し、位置情報を確認してみれば、驚愕の事実が判明した。
「嘘だろ……ここ、惑星ロドスじゃないか」
 俺が潜入した帝国基地のある惑星から数百光年の彼方にある、中立地帯の観光惑星だ。確か子供の頃に一度だけ、サマーキャンプで訪れたことがある。
「ああ――そうか」
 この草原を少し下るとキャンプ場だ。この草原で、友人達と日が暮れるまで遊び回った。凧を飛ばしたり、虫を捕まえたり――。腹が減るとキャンプ場に戻って、焚き火でマシュマロを焼いてもらった。
 すっかり記憶の底にしまい込んでいた、子供の頃の思い出。確かに空気もいいし、景色も最高だ。咄嗟にここをイメージしたのも頷ける。
「具体的ナいめーじデ助カリマシタ。曖昧ダト飛ベナイノデ」
 生い茂る草をふんふんと嗅ぎながら、兎はどこか上機嫌だ。
「なるほど……、お前の力は、生身での単独ワープってことか?」
 特殊な機械を利用した空間跳躍は実用化されて久しく、ワープ航法はごくごく当たり前の技術となっている。しかし、飛べる距離に限界がある上、機械の小型化が難しいため、携帯転送装置のような技術はまだ開発途中だ。
 それを、この宇宙兎とやらは、生身でやってのけたのだ。しかも俺を連れて。
「エエ。我々ハ空間ヲじゃんぷシマス。ソウヤッテ、宇宙ヲ渡リ歩イテキタノデス」
 そして兎は『跳躍』について長々と説明してくれたが、俺に理解できたのは「俺達のワープ航法とは根本から理論が違う」ということだけだった。
「よく分からんが、特別な仕掛けなしで自由に移動できるなら、使い方によっては立派な兵器になるな」
「我々ハ平和ヲ愛スル種族デス。兵器トシテ利用サレルナド、マッピラゴメンデス」
 ドスドスと地面を蹴り、憤慨してみせる兎。
「しかし、俺の任務はお前を基地から盗み出して、同盟側に引き渡すことだったんだが」
 同盟がどこまで新兵器の内容について把握しているのかは分からないが、こいつを引き渡したところで、帝国と同じ使い方をされるのが目に見えている。
「私ヲ引キ渡スオツモリデスカ。命ノ恩兎ニ何テコト……ヨヨヨ」
 わざとらしい泣き真似をするな。何処で覚えたんだ、そんな古典的仕草。
「安心しろ。そのつもりはねえよ。俺はもともと金で雇われただけのケチな泥棒だ。依頼はある意味達成したわけだし、これ以上義理立てする必要もないだろ」
 俺が奪取に失敗した場合、待機していた第二陣が基地ごと吹き飛ばす算段だった。そもそも、あの小型艇がいきなり彗星に突っ込んだのも、今考えてみると不自然極まりない。はなから俺ごと始末する計画だった可能性もある。
「俺はしばらくここでほとぼりを冷まして、その後のことは……その時考えるさ。お前はこれからどうする?」
「ソウデスネ。我々ハ元々、自由気ママニ宇宙ヲ旅スル種族デスカラ。仲間ヲ探シテ、マタ旅ヲシマス」
「そいつは楽しそうだな」
「デモ、(ちから)ガ回復スルノニ半年ホドカカリマスノデ、ソレマデハココデノンビリ過ゴシマス」
 こいつは驚いた。一度使ったら当面使えなくなる力を、こいつはあの時、躊躇うことなく使ってくれたのだ。……まあ、俺は多分、おまけだったのだろうが。
「それじゃ、お前さんがまた飛べるようになるまで、俺もここでのんびり暮らすとしようかな」
「イイデスネ! ゴ一緒シマショウ」
「えっなんで」
「一匹ダト寂シイノデ。ソレニホラ、兎ハ幸運ヲ運ビマスカラ!」
 なるほど。どうやら俺の運は、宇宙兎の重さの分だけ幸運側に傾いてくれたらしい。
「キット良イコトガアリマスヨ」
「だといいな」
 うっかり天秤を傾けすぎて、運命が帳尻を合わせようと躍起にならないよう、せいぜい気をつけるとしよう。
Novelber 2020」 08 幸運


 twitter上で行われていた「novelber」という企画に参加させていただいた作品。テーマは「幸運」。
 ネタを考えているうちに、「幸運」→「幸運のお守り」→「確か兎の足」みたいな連想ゲームでこんなお話に。
 こちらは「彼の右腕」と同じ世界観で、まだ帝国と同盟が戦ってた頃のお話。
 猫も好きですが兎も好き。もふもふ。

(初出:Novelber 2020/2020.11.12)
2021.04.26



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