100文字の予言
『黄金の輝きを宿して生まれし末の姫は、やがて王国を破滅の先へと導くであろう』いにしえの予言に従い、幼い姫が幽閉されたのは離宮の書庫。
ただ一人、数多の書物に囲まれて育った姫は、今日も窓辺で吐息を漏らす。
400文字の嘆息
『黄金の輝きを宿して生まれし末の姫は、やがて王国を破滅の先へと導くであろう』いにしえの予言に従い、幼い姫が幽閉されたのは離宮の書庫。
ただ一人、数多の書物に囲まれて育った姫は、今日も窓辺で吐息を漏らす。
「ああ、つまらない」
すべては書物が教えてくれた。この世の成り立ちや沢山の動植物。異国の言葉や風習。
喜びや悲しみ、怒りや憎しみといった感情さえも、古今東西の物語から学び取った。
頁をめくるたび、新たな世界が拓かれる。その瞬間がたまらなくて、眠る間も惜しんで読書に励んだ。
けれど蔵書には限りがある。まして、誰も近寄らぬ書庫に新たな本が補充されるわけもない。
ここには世界のすべてが詰まっているのに、「つまらない」と姫は嘆く。
「読んだことのないお話が読みたい!」
地団駄を踏んだところで、空から本が降ってくるわけもなく、幽閉が解けるわけでもない。
故に、姫は自らペンを取る。
誰も知らない物語を、己が手で紡ぐために。
800文字の未来
『黄金の輝きを宿して生まれし末の姫は、やがて王国を破滅の先に導くであろう』いにしえより伝わる予言は王を苦しめたが、彼には破滅の予言を笑い飛ばすほどの度量もなく、はたまた頑迷な家臣達を納得させられるだけの言葉も持たなかった。
王命に従い、幼い姫が幽閉されたのは離宮の書庫。
ただ一人、数多の書物に囲まれて育った姫は、今日も窓辺で吐息を漏らす。
「ああ、つまらない」
実のところ、幽閉生活自体に不満はない。外出の自由はないが衣食住は保証されているし、教育係には恵まれずとも、すべては書物が教えてくれた。
この世の成り立ちや沢山の動植物。異国の言葉や風習。喜びや悲しみ、怒りや憎しみといった感情さえも、古今東西の物語から学び取った。
頁をめくるたび、新たな世界が拓かれる。その瞬間がたまらなくて、眠る間も惜しんで読書に励んだ。
けれど蔵書には限りがある。まして、誰も近寄らぬ書庫に新たな本が補充されるわけもない。
ここには世界のすべてが詰まっているというのに、それらを丸呑みにしてなお、「つまらない」と姫は嘆く。
「読んだことのないお話が読みたい!」
地団駄を踏んだところで、空から本が降ってくるわけもなく、幽閉が解けるわけでもない。
そうして姫は今日も一人、暇を持て余す。
幽閉の身となって幾年月。
途切れがちだった食事が、とうとう届かなくなった。
空腹に耐えかねて、生まれて初めて扉に触れ――目の当たりにしたのは、分厚い雲に覆われた空と、荒涼とした大地。
遺された日誌が綴るのは、度重なる異常気象と蔓延する疫病。混乱に乗じた内乱と、すべての終わり。
王家は滅び、王国は滅亡し――取り残された姫の元に、取り残された人々が集う。
畑は焼かれ、家は壊された。もうおしまいだ、と嘆く人々の手を取り、姫は微笑む。
「未来は、まだ始まってもいない。これは――ここからは、私達の物語だ」
故に、姫は自らペンを取る。
誰も知らない物語を、己が手で紡ぐために。
2000文字の物語
『黄金の輝きを宿して生まれし末の姫は、やがて王国を破滅の先へと導くであろう』いにしえより伝わる不可解な予言は王を苦しめたが、彼には破滅の予言を笑い飛ばすほどの度量もなく、はたまた頑迷な家臣達を納得させられるだけの言葉も持たなかった。
懊悩の末に下した王命が『処分』ではなく『幽閉』に留まったのは、ひとえに妃の訴えによるものだ。
姫が幽閉されたのは城の外れ、木々に囲まれた離宮の書庫。
あまりの幼さ故に世話係がつくことになったが、そのほとんどが半年と経たずに退職を申し出た。
彼女らは口を揃える。幽閉生活が辛いのではない。姫の飽くなき好奇心が恐ろしいのだと。
姫の「なぜ?」「どうして?」は日を追うごとに増し、それに閉口して辞めていく世話係は数知れず。
やがて世話係は廃止され、日に二度の食事が届けられるだけとなった。
ただ一人、数多の書物に囲まれて育った姫は、今日も窓辺で吐息を漏らす。
「ああ、つまらない」
実のところ、幽閉生活自体に不満はない。
外出の自由はないが衣食住は保証されているし、教育係には恵まれずとも、すべては書物が教えてくれた。
この世の成り立ちや沢山の動植物。異国の言葉や風習。喜びや悲しみ、怒りや憎しみといった感情さえも、古今東西の物語から学び取った。
頁をめくるたび、新たな世界が拓かれる。その瞬間がたまらなくて、眠る間も惜しんで読書に励んだ。
けれど蔵書には限りがある。まして、誰も近寄らぬ書庫に新たな本が補充されるわけもない。
ここには世界のすべてが詰まっているというのに、それらを丸呑みにしてなお、「つまらない」と姫は嘆く。
なぜなら、ここには『過去』しかない。窓の外に広がる『現在』も、その上に積み重なる『未来』も、姫にとっては触れることの出来ない幻のようなものだ。
故に、姫の願いはただ一つ。
「読んだことのないお話が読みたい!」
駄々っ子のように地団駄を踏んだところで、空から新しい本が降ってくるわけもなく、幽閉が解けるわけでもない。
ならば自分で書いてみよう、と張り切ってはみたものの、思いつくのはどこかで読んだような、つぎはぎだらけの陳腐な物語。
読解力と想像力は別物だと思い知らされて、未完のまま投げ出された物語は数知れず。
「せめて『本の書き方』の本があったら良かったのに」
そうして姫は今日も一人、暇を持て余す。
幽閉の身となって幾年月。
かねてより途切れがちだった食事が、とうとう届かなくなった。
「とうとう見捨てられたか」
それならそうと、こんな間怠っこい手段など取らず、この首を撥ねれば良いものを。
一日待ち、三日待ち――汲み置きの水すら尽きた五日目、空腹と喉の渇きに耐えかねて、さしもの姫も決意した。
「外に出よう」
生まれて初めて扉に触れ、鍵がかかっていないことに気づいた。
書庫から出ようと思ったことすらなかったから、施錠の有無など確かめたこともなかった。そんな己に呆れつつ、重い鉄扉を押し開ける。
そうして目の当たりにしたのは、分厚い雲に覆われた空と、荒涼とした大地。
「なんだ、これは?」
想像していた世界とは余りにかけ離れた光景に、思わず目を瞬かせる。
もしかしたら、離宮周辺は人を近づけないように、あえて荒れたままなのかもしれない。城に行けば誰かいるだろう。そう信じて、辛うじて残されていた小道を辿る。
やがて雑木林の向こうに現れた白亜の城からは、黒煙が上がっていた。
「一体、何が……?」
城内に人の気配はなく、代わりに城のあちらこちらに争いと略奪の痕跡が残されていた。
警備隊の詰め所に遺された日誌が綴るのは、度重なる異常気象と蔓延する疫病。国内の混乱に乗じた内乱と、すべての終わり。
王家は滅び、王国は滅亡し――難を逃れたのは、幽閉されていた末姫だけ。
「予言の姫が生き残り、国そのものが滅びるとは。何とも滑稽なこと」
嗤おうとして失敗し、ひどく咳き込む。もう五日も食事を口にしていないのだ。せめて水だけでも、と城内を歩き回り、やっとのことで水瓶を見つけて喉を潤した。
晴れて自由の身となったものの、行く宛もなければ先立つ金もない。仕方がないので城下町に降りてみると、一人の老婆が「末姫様!」と声を上げた。
かつて王妃の側仕えだった老婆が涙ながらに語ったのは、両親の相次ぐ病死と兄王子達の対立、それに乗じた貴族達の派閥争い。争乱の舞台となった王都は打ち捨てられ、争いは戦場を変えて今もなお続いているという。
「ああ、末姫様。我らに残された希望は貴女様だけ」
取り残された姫の元に、取り残された人々が集う。
畑は焼かれ、家は壊された。もうおしまいだ。
そう口々に嘆く人々の手を取り、姫は微笑む。
「未来は、まだ始まってもいない。これは――ここからは、私達の物語。共に紡ごう。破滅の先に続く、まだ見ぬ明日を」
そう――これこそが、予言された未来。
故に、姫は自らペンを取る。
誰も知らない『人生』という名の物語を、己が手で紡ぐために。