私はそう、誕生日が嫌いだった。
三月――要するに学年末の生まれは、何かと不遇だ。
特に幼少期など、同じ学年の早生まれとは明らかに体格も違うし、発達具合だって半年以上の差がある。
一ヶ月の新生児と六ヶ月の乳児はまるで別物だと誰でも言うだろうに、三歳を過ぎたあたりからもう「学年」という括りで取りまとめられて、何もかもがいっしょくた。同じことをやらされて、出来なければ笑われる。
それでも、小学校高学年くらいになれば体格差も発達度合いも均されて、さほどの差は感じなくなってくる。ようやく、遅生まれ(年単位で考えれば早生まれでも、学年では遅生まれだ)の呪縛から解き放たれたあたりで、今度は別の問題が浮上してきた。
「……まただよ」
「あー、今回は球技大会と被ってるんだっけ? なんか毎年言ってない?」
中学の行事予定を睨みつける私に、保育園からの腐れ縁ことマリちゃんが憐みの目を向けてきた。
「なんで人の誕生日にいちいち行事を当てて来るんだ。嫌味か」
「単に、学年末でやることないからじゃないのー?」
そうなのだ。三月ともなればすでに授業は学年の総まとめに入っている。加えて卒業式の準備や練習も入ってくるから、通常授業はどうしても減ってくる。そこに、えいやとばかりに組み込まれてくる「球技大会」「映画鑑賞」「校外学習」の数々――。
「分かるよ。分かるけどさ、なんで毎年、私の誕生日ばかりピンポイントで狙ってくるのさ」
「偶然でしょ」
にべもない言葉が返ってきたが、まあ確かにそうだ。偶然の産物でしかない、はずだ。曜日は毎年ずれるし、土日にかかることだってある。ちなみに去年は最後の学校公開にピンポイントでぶつかった。
「別にいいじゃん。お誕生日会を開くような歳でもないんだし」
「そうだけどさあ、気分の問題というか」
「まあ、分からないでもない。あたしなんか真っ先にもらえる誕生日プレゼントが通知表だ」
クリスマス生まれの彼女も、これまた難儀なものだ。
「どう頑張っても、誕生日は選べないもんなー」
「だねー」
「せめて何もない日に生まれたかったねー」
「ほんとそれー」
学校行事をずらすことも、ましてや誕生日を変更するなんてことも、どうあがいたって出来っこない。
無力な私達は、そうやって毎年、己が運命を嘆きながら、やるせない誕生日をどうにかこうにかやり過ごして、一年、また一年と歳を重ねていく。
そんな私に転機が訪れたのは、高校三年生の三学期。
「あれ? 卒業式ってこんなに早かったっけ?」
三学期の行事予定表を見て首を傾げる私に、とうとう高校までみっちり腐れ縁だったマリちゃんが首を傾げる。
「入試のことで頭がいっぱいで、卒業式の日程なんて気にしてなかったわ。いつなん?」
「八日」
「あんた、誕生日前じゃん。うっそ、十七で卒業? 飛び級みたいでカッコいいね」
十七で卒業。
飛び級みたい。
冗談めかした言葉が、すとんと胸に落ちて、じわじわと沁み渡っていく。
「うそ。私、超かっこよくない?」
「めっちゃかっこいいわ。一生自慢できるじゃん」
くだらないと笑いたければ笑うがいい。
でも私は、十七歳で高校を卒業するんだ。
例えその数日後に十八歳になるとしても、私が十七歳で卒業した事実は、一生変わることがない!
「……そっかあ。私、生まれて初めて、自分の誕生日に感謝したわ」
「誕生日が来るたびに愚痴りまくってたもんねえ」
腕を組み、しみじみと呟いたマリちゃんは、そうだ! と指を鳴らした。
「卒業式がその日ってことは――誕生日当日は、もう学校はないわけだ」
「そういうことだねえ」
「ってことは、堂々と遊びに行ける!」
「行けちゃうねえ」
「よっしゃ! 遊園地行こ! ほら、あの海沿いの。あそこって確か、誕生日を祝ってくれるサービスあるじゃん! こんなチャンス、滅多にないよ!」
そういや卒業旅行はどこへ行く、なんて話も、そろそろ聞こえてきたところだ。
旅行、というほど大げさじゃないけど、それなら親のOKもすんなり出るだろう。なんたって大義名分があるんだから!
「行こうか! 遊園地!」
「行こうぜ! 祝いに!」
高校最後の三月。
はじめて誕生日が好きになった、あの時から。
私の誕生日は、とても特別な、幸せな記念日になった。