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勿忘草の伝説 〜Vergissmeinnicht〜

 花を摘んであげましょう 愛しいあなたのために
 小さな青い花 水辺に咲く 可憐な青い花を
 あなたが 微笑むのなら
 僕は何も 恐れはしない
 青い花を 摘んであげましょう
 愛しい あなたのために

 揺れる水面 手招く水の乙女たち
 若者は 小さな花をかざし
 愛しい人よ 僕を忘れないでと
 波間に 沈み行く

 宙に舞う 青い花
 託された 若者の思い

 花を摘んであげましょう 愛しいあなたのために
 小さな青い花 水辺に咲く 可憐な青い花を
 あなたが 微笑むのなら
 僕は何も 恐れはしない
 青い花を 摘んであげましょう
 愛しい あなたのために



 祖母がその歌を歌うたびに、わたしは腹を立てていた気がする。
 誰にって、そう。伝説上の、間抜けな青年に。

 恋人のために花を摘もうとして、水に沈んでいった男。
 僕のことを忘れないでと、花を差し出し、
 水の中に消えた、哀れな若者。

 これはただの伝説。
 御伽噺なんだよ、と祖母は笑う。
 でも。

「だって、ひどいじゃない!」
「頼んでもいないのに花を摘もうとして、しかも足を滑らせて溺れて?」
「それで『僕を忘れないで』なんて、身勝手もいいところだわ」

 わたしなら、そんなものはいらない。
 きっと花になんか目もくれず、水に飛び込んで、
 沈んでいく恋人のその手を掴み、
 何が何でも助けてみせるわ。

 息巻く私を優しく見つめ、祖母は繰り返し歌った。
 物悲しい旋律に乗せ、哀れな若者の歌を。

 そして。
 遠い町へ嫁ぐわたしのために、祖母が聞かせてくれた歌は、やっぱりいつもの悲しい物語。
 小さい頃と同じように、わたしは今日も怒りを募らせる。

「勝手な事を言って、自分だけ思いを果たして死んでいくなんて許さない」
「残された恋人の気持ちなんて、全然分かってないんだから」

 呟くわたしを穏やかに見つめる鳶色の瞳。その眼差しはどこか楽しげで。
 首を傾げるわたしの背後で、扉が開く。
 やってきたのは祖父。花嫁衣裳の私を誉めそやし、若かりし日の祖母にそっくりだよと笑った。
 そして、雪のように真っ白い髭をなでながら、おもむろに背後から取り出した、花束。

 それは、青い花。
 小さく可憐な、水辺の花。

 目を見開くわたしに、祖母は子供のように笑って、囁く。

 ――御伽噺は、いつだって幸せな結末(ハッピーエンド)なのさ――


 花を摘んであげましょう 愛しいあなたのために
 小さな青い花 水辺に咲く 可憐な青い花を
 あなたが 微笑むのなら
 僕は何も 恐れはしない
 青い花を 摘んであげましょう
 愛しい あなたのために

 花なんていらない 欲しいのはあなただけ
 差し出された手を握り 娘は身を躍らせる
 流れ行く花びら 水面を彩る 可憐な青
 恋人達は手をとり 愛を誓う


 幸せは、その手で掴み取るもの
 私が彼の手を つかまえたように
 彼女が僕の手を 離さなかったように

 だからお前も、自分の手で
 幸せをつかみなさい、と
 優しく笑う二人
 伝説の恋人達から祝福を受けて
 わたしは今、歩き出す――

花を摘んであげましょう 愛しいあなたのために
 小さな青い花 水辺に咲く 可憐な青い花を
 あなたが 微笑むのなら
 僕は何も 恐れはしない
 青い花を 摘んであげましょう
 愛しい あなたのために

 水辺に咲く 真実の愛は
 どんな花よりも 色鮮やかに
 永遠に 咲き続ける――


-完-


 白鳥英美子さんのアルバム「CROSS MY HEART」収録曲「Forget me not〜わすれな草の伝説〜」を聞いているうちに、ふと浮かび上がったお話。

 勿忘草にまつわる伝説は、世界各地にあるようです。
 有名なのはドイツに伝わるお話で、騎士ルドルフが川べりに咲く青い花を見つけ、恋人ベルタにその花を贈ろうと花を摘み取ったところ、急流が彼を呑み込み、流されながらも彼はベルタに花を投げて、「私を忘れないで」と叫びながら流れの中に消えてしまった…というもの。このほかにも色々なパターンがあるようですが、どれも悲しい結末が待っています。
 その悲しい結末を変えてみたくて、こんな話を仕立て上げてみました。

 ちなみに、「Forget me not〜わすれな草の伝説〜」の歌詞はもっと洗練されてます(^^ゞ あ、こちらは元の伝説通り、悲しい結末で終わってるんですけどね。
 作曲はFFシリーズでおなじみ、植松伸夫さん。物悲しい旋律と心震えるハーモニーに、時間も忘れて聞き惚れてしまう、そんな一曲です。



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