「あーもー、ほんと何なんだよ、この無意味な「K」! さっさと撤廃されろ!」
そんなことを叫んで答案用紙をぶん投げたものだから、必死に隠そうとしていた『三十点』が丸見えだ。
はらりと床に落ちた答案用紙を拾い上げ、机に突っ伏してしまった持ち主の背中にばしん、と叩き返す。
「ぐだぐだ言ってないで、さっさと見直しを終えろ。付き合わされてるこっちの身にもなれ」
「あー、そんな。見捨てないで岸サマ!」
「見直しなら家に帰って一人でやればいいだろう」
「家に帰ったら絶対遊んじゃうだろー」
さすがに、自分のことはよく分かっているようだ。だからといって『監視役』として放課後までつき合わされているこちらの身にもなって欲しい。
「大体さあ! なんでわざわざ発音しない音をつける必要があるんだよ。発音が『ノウ』なら『now』でいいじゃん」
言いたいことは分かるし、同じことを考えた人間もごまんといるだろう。しかし、『know』を『now』にしたら意味が変わるし、今度は発音が『ナウ』になるんだぞ――なんて正論を唱えたところで、ヤツの「英単語を覚えるのなんて面倒くさい!」パワーに負けてしまうのは明白だ。
と、いうわけで。
「知らんのか、そいつは――『黙字のk』ってやつだ」
神妙な顔でそう告げると、ヤツは劇画調の表情でごくり、とのどを鳴らした。
「もくじの、ケー……? なんだ、それは」
「古英語に隠された、秘密の暗号だ。この『黙字のk』が入った単語には、公には出来ない、隠された意味が含まれているらしい。しかし、その謎を解くには――」
「解くには!?」
おお、食いつきがいいな。 「何でも、すべての『黙字』を探し当て、その元の意味を理解した上で、そこから弾き出された法則を元に組み直す必要がある、らしい」
「マジか! よーし、その古代の謎、このオレ様が解き明かしてやるからなー!」
猛然と辞書を引き始めた級友の単純さに心から感謝しつつ、読みかけだった雑誌に手を伸ばす。
さて――今日は何時に帰れるだろうか。
「岸、てめぇ~! 『黙字のk』に隠された暗号なんてないじゃないか!」
「おや、すまん。勘違いしていたようだ。正しくは『黙字のe』で――」
「もー騙されないからなっ!」
「それは残念」