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ためらいの温度
「ねえねえ、菊池くんってさ、よく岸くんとお昼食べてるけど、仲いいの?」
 部活の休憩時間中にそんなことを聞いてきたのは、隣のクラスの吉川さんだ。
「うーん、すごく仲いいってほどじゃないけど、腐れ縁、みたいな? 小学校から一緒だし」
 別に狙って同じ高校に来たわけではない。オレはどっちかっていうと部活目当てで、学力より上の高校に入るために猛勉強した結果だし、岸は本命の国立に落ちて、ここが滑り止めだった。
「岸くん、委員会で一緒なんだけど。ちょっと近寄りがたい雰囲気だから、なんとなく声かけにくくてさ。気軽に話しかけられる菊池くんはすごいなって思って」
「近寄りがたいかなあ? まあ、口うるさいのは確かだけど、小学校の頃からあんな口調だし」
「……それもすごいわ」
「だろー。昔っからあんな調子で、あんまり群れたりしないタイプだけど、結構面倒見いいし。あっでも、時々ひっでえジョーク飛ばしてくるけど」
 例の『黙字のk』事件を話してみせると、吉川さんの目が点になった。
「意外だなあ。結構お茶目なんだ」
「おちゃめで済むかよー! オレがどんだけ暗号探しに躍起になったと思う? もー、辞書がぼろぼろになるまで読み込んだんだからなー」
「途中で気づきなよー!」
 ひとしきり笑い転げた吉川さんは、目尻をこすりながら「うん、そうだよね」と呟いた。
「ろくに話したこともないのに、勝手に『近寄りがたい』とか『冷たそう』とか決め付けて、敬遠しちゃ駄目だよね。反省した」
「あー、それってアレだろ。ほら、ニュースで一時期話題になってた……他人の気持ちを汲み取ってなんとかって……ほら、『ふど』じゃなくて……そうそう、『どんたく』!」
 ぷっ、と吹き出す音が聞こえた。
 振り返れば、そこには口元を押さえた岸がいて。
「岸くん、いつからそこに?」
「すまん。立ち聞きするつもりはなかったんだが。そうか、俺は近寄りがたいのか」
「わー、全部聞いてたってことねー! ごめんっ!」
 ぱん、と勢いよく手を合わせる吉川さんに、「いや、拝まれても」と冷静にツッコむあたり、さすが岸だな~。
「俺は他人(ひと)と交流するのがあまり得意じゃないし、それこそ忖(そん)度(たく)も出来ない。だが、他人を拒絶しているわけではないので、用がある時は遠慮なく言って欲しい」
「うん。勝手なイメージでものを言って、本当にごめん」
 改めてぺこりと頭を下げた吉川さんは、いやーあはは、と頭を掻いた。
「なんか、改まってこういう話するの、照れるね」
「そうだな」
 まだ口元を押さえている岸は、どうやら未だに『どんたく』から立ち直っていないらしい。そう、ヤツは意外と笑い上戸なのだ。
「まったくもー、ツボに入りすぎだって」
「誰のせいだ」
「わたし、菊池くんのこと、これからドンタクって呼ぶわ」
「ぎゃー、やめて!」
ためらいの温度・終わり


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