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○人物評・菊池悠
 菊池悠(きくちゆう)という男は、実に興味深い人間だ。
 覚えている限り、体調不良で学校を休んだことなどない健康優良児。人懐こい性格で、生徒や教師ともすぐに打ち解けるが、品行方正というわけではなく、とにかくそそっかしく忘れっぽいので、何かと小言を食らっている。
 勉強するのが苦手だと明言している通り、成績は芳しくない。やる気がないわけではないようだが、ちょっと難しいことを考えようとすると思考停止するらしい。
 とはいえ、物事を難しく考えない性質は、時に長所でもある。
 俺が小難しく捉えてしまいがちなことを、ヤツは単純明快に解き明かす(時もある)。
 今日も、いつの間にか机の中に放り込まれていたチョコレートを、これは何の間違いなのだろうか、それとも俺を陥れる罠か何かだろうか、などと考え込んでいたら、同じく自分の机の中からチョコを発見したらしいヤツは、晴れやかな笑顔を浮かべて、
「ラッキー! バレンタインのチョコげっとー!」
 と快哉を叫んだ。そこでようやく俺は、今日が二月十四日であることを思い出したのだ。
「バレンタインデー、だったか」
 自分に縁のないことは、とっとと切り捨ててしまうのが、俺の悪い癖だ。
「誰がくれたのかな?」
 チョコにはメッセージもついていなければ、記名もない。そもそも、俺達二人の机に入っていたということは、恐らくクラスの男子すべての机に放り込まれているのではないだろうか。
 予想通り、すぐに教室のあちこちから「おっ、チョコだ!」「腹の足しにもならねえ」「贅沢言うな、一個でも貰えたら御の字だろうが!」などという声が聞こえてきたので、間違いない。これは。
「明らかに、義理だな」
「断言するなよ! でも、義理でも嬉しいよなー」
 にこにこしながら、チョコを鞄にしまいこむ。こういう単純さは、嫌いじゃない。


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