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休日の過ごし方
 何でもない日曜日、男子高校生二人で遊園地へ行くことになったのは、単に従姉からチケットをもらったからだ。
 外せない用事が出来たから、と、強引に受け取らされたペアチケットだが、生憎と誘う相手がいない。どうやら無駄にしてしまいそうだ、という話をしたら、「オレ行く! 行こーぜ遊園地ー!」と食いついてきた奴がいた。ただそれだけのことだ。
「久しぶりだなー、遊園地! 前に来たの、どのくらい前だろ?」
 朝からテンションMAXの級友・菊池は、確かにこういう時の連れには最適かもしれない。子供連れがメインターゲットの小さな遊園地だが、ヤツにとっては十分に『ワクワクの非日常』なのだろう。
「小学校の卒業遠足以来だな」
「そんな昔かー。そういや岸ってばあの時、お化け屋敷でお化けを質問攻めにしてたよな」
「お前は身長制限でジェットコースターに乗れなくて悔し泣きしてたな」
「げっ、そうだったっけ」
 こういう時、小中高と続く腐れ縁だと、思い出話には事欠かない。余計なことを思い出す前に、さっさと遊んでしまおう。
「さて、どこから回る?」
「そうだな、まずはジェットコースター! と言いたいところだけど……おっ、これ面白そうじゃね?」
 菊池が指さしたのは、期間限定イベントのポスターだった。
「なになに……? 『トレジャーハントゲーム 遊園地に隠されたお宝を探し出せ!』だってさ!」
 対象年齢は三歳以上と書かれているから、さほど難しいものでもないのだろう。どうせ一通り回るなら、こういう企画に乗っかった方が動きやすいかもしれない。
「そうだな。やってみようか」
「よっしゃ! 遊園地に隠されたお宝、この菊池様が見事見つけ出してやるぜー!」
「待て。まずは受付だ」
 今にも明後日の方向へ走り出しそうな級友の首根っこを掴み、入口の横、『旅の起点』と書かれた特設テントへと向かう。
 現代の宝探しには、形式張った手順が必要なのだ。


「全然わっかんねー!」
 宝の地図を元に園内をぐるりと一周し、必要な物もすべて揃えた。
 キーアイテムは三つ。受付でもらった宝の地図、『空飛ぶ帆船』で手に入れた方位磁針、そしてたった今『回転木馬』で手に入れたコンパスだ。
「アイテムは全部使ってくださいね!」
 という助言までもらったのだが、そのアイテムが問題だ。
 宝の地図は簡略化されているし、方位磁針の針は北ではなく南東を指している。極めつけは、およそ百度ほどで固定されたコンパスだ。思わず係員を問い質したが、不良品ではない、の一点張りだった。
「対象年齢・三歳以上って、三歳でこれが読み解けたら天才なんじゃねえ?」
「三歳の子供は一人で遊園地に来ないからな」
「そうか! ってことは実質、難易度は大人レベルじゃんー!」
 このままではヤツの頭から煙が上がりかねない。おやつ休憩を提案し、近くの屋台で飲み物と軽食を手に入れて、回転木馬横のベンチに陣取った。
「いっただっきまーす!」
 クレープを頬張る菊池を横目に、改めて地図を眺める。
 通常の園内図に比べて、この地図はあまりにも情報量が少ない。描かれているのは入退場ゲートのほかに『空飛ぶ帆船』『回転木馬』『ジェットコースター』『恐竜ランド』、そして現在リニューアル工事中の『ピラミッドラビリンス』だけだ。
 ということは、このうちのどれかがゴールと見て間違いないのだが、「アイテムは全部使え」というヒントがある。
「そーいや、岸ってばよく「お前とはコンパスが違うんだから」とか言うけど、あれってどういう意味?」
 唐突な質問だが、手元にこれだけの『コンパス』が揃ったことで、記憶が刺激されたのだろう。
「製図用のコンパスは人の足に見えるだろう?」
「あ、確かに」
「広げる角度で描ける丸の大きさは変わる。じゃあ、コンパス自体が大きかったら?」
「もっとでかい丸が書ける?」
「そういうことだ。これを足に置き換えてみろ。足の長さが違えば歩幅が変わる。お前の歩幅でガンガン歩かれると……」
 ここぞとばかりに文句をつけようとして、はたと閃いた。
「菊池。さっきのアイテム、貸してくれ」
 ベンチに地図を広げ、コンパスと方位磁針を受け取る。
「回転木馬は、回るな」
「? そりゃそうだ」
「回転木馬でもらったのはコンパスだ」
 角度が固定されたコンパスの針を、『宝の地図』上の『回転木馬』に刺し、ぐるりと円を描く。
「旅の起点は『入口』」
 入退場ゲートを中心にもう一つ丸を描けば、二つの丸が少し重なった。
「こういうの、授業でやった気がする!」
 しかし、これではまだ絞りきれない。アイテムをゲットした『空飛ぶ帆船』を軸にして丸を描いても、まったく重ならないのだ。
「あれー?」
「まあ待て。方位磁針をもらったのはここだ」
 『宝の地図』右上にはご丁寧にも方位記号が描かれている。それに合わせて『空飛ぶ帆船』の上に方位磁針を置くと、針は『空飛ぶ帆船』の南東――『恐竜ランド』を指し示した。
 『恐竜ランド』を軸にして丸を描けば、三つの丸がぴたりと重なる位置にあったのは――『ピラミッドラビリンス』。
「お宝みーっけ!」
 人目も憚らず快哉を叫ぶ菊池に肘鉄を食らわせつつ、コーヒーを飲み干して立ち上がる。
「ライバルにヒントを与えてどうする。さっさと行くぞ」
「お、おう!」


「よくぞ辿り着きました、冒険者よ!」
 工事用フェンスで覆われた『ピラミッドラビリンス』で待ち構えていたのは、考古学者ルックの係員だった。
 地図をチェックして、当てずっぽうではないことを確認してから、「さあさあ、お立ち会い」と机上の覆いをばっと取り払う。
「こちらが当遊園地の秘宝、『ファラオの壺』でございまーす!」
 硝子ケースに収められていたのは、エキゾチックな文様が描かれた青い壺。
「実はなんと! こちら! 本物! なんですよぉ~!」
「ええっ! 大発見じゃないですか!」
 大興奮の菊池には悪いが、ここはエジプトでもなければファラオもいない。
「――というのは冗談で、これは模造品なんですけど、本当にこの場所から壺の一部が発掘されたんです」
 渡されたパンフレットには、発見の経緯から発掘の様子までが詳細に記録されていた。それによれば、工事中に発見されたものの、最初は茶碗の破片か何かだろうと、誰も興味を示さなかったらしい。
「詳細はまだ調査中なんですが、古代エジプトの壺が、ピラミッドを模したアトラクションの工事現場で発見されるなんて、何だか浪漫を感じますよねえ」
 そんな『浪漫』を遊園地の謎解きイベントにしてしまうあたり、商魂たくましいというか何というか。
「見事お宝の在処に辿り着いた皆さんには、記念品としてこちらのキーホルダーを差し上げております!」
 差し出された金属製のキーホルダーには、壺に描かれた文様がデザインされていた。非売品だの限定品だのに目がない菊池は、さっそく鞄に取り付けてご満悦だ。
「それでは、引き続き遊園地をお楽しみください!」
 にこやかに送り出され、再び人気(ひとけ)のあるエリアへと戻ってきたものの、ほとんどの乗り物は謎解きのついでに制覇している。
 残っているのはお化け屋敷とシアター、それに―因縁のジェットコースターか。
「じゃあ岸、行くとしようぜ。あの時の屈辱を晴らしにな!」
 まるで映画のクライマックスシーンのような決め台詞を放ち、キラリと白い歯を輝かせる菊池。
「乗れなかったのはお前だけなんだがな」
「それは言わないお約束!」
 まだ日は高い。何でもない休日のささやかな冒険は、まだまだ続きそうだ。
休日の過ごし方・終わり


 創作サークル「空想工房」の会誌「カケラ MONO」に寄せた作品。
 テーマである「コンパス」が複数のものを示す言葉であるため、敢えて今回は「どのコンパスでもOK!」というルールになっているところを、どうせなら全部使いたいな、と欲を出したらこういうお話になりました。
 昔、遊園地の敷地全体を使ったリアル体験型謎解きイベントに参加したことがあって、その時のドキドキ・ワクワクを思い出しながら書きました。
 一人で解けない謎も、二人でなら、きっと。

 ちなみに、彼らがコンパスで導き出した「三つの丸が重なる場所」ってやつ、調べたら「ベン図」(複数の集合の関係や、集合の範囲を視覚的に図式化したもの)というようですね。


(初出:空想工房会誌「カケラ MONO」/2020.05.06)
2021.05.19



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