旅の記録帳 二十五冊目
復活歴138年 七の月二十五日 霧

 旅の記録帳も二十五冊目に入ってしまいました。いやはやまったく、世界は謎と不思議に満ちています!
 そして海も不思議に満ちているのだということを、今日はつくづく実感しました。
 ようやく霧の海域を突破し、気持ちいい風に帆を膨らませて一路北大陸を目指していた『青い一角』号ですが、お昼頃から急に船足が鈍り始めたんです。
 風は相変わらず吹き続けているのに、ちっとも船が進まない。これはいかなる現象かと首を傾げていたところ、見張り台で笛を吹いていたアイシャが「近くに何かいる」と言ったんだそうです。
 知らせを受けた僕達が甲板に上がった頃には、巨大な吸盤つきの足が甲板の向こうににょろにょろとくねっていました。
 すわ、船を襲う魔物かとエスタスが剣を抜きかけましたが、アイシャが違う、と首を振りました。
「この子、遊んでるだけ」
 その言葉に応じるように、足がにゅるんと帆柱に巻きつき、ぐらぐらと揺すり始めたからたまりません。
「言葉が通じるなら何とかしてくれ、アイシャ!」
 振り落とされそうになりながら叫ぶエスタスに、アイシャが精霊の言葉で何か歌うように告げると、足はするすると帆柱から離れて海面へと沈んでいきました。
「い、今のは……」
 目を剥く船長さんにアイシャが語ったことには、あれはタコによく似た幻獣の類だそうです。アイシャの笛の音に惹かれてやってきたみたいで、船に興味を持って、まとわりついていたようですね。
 かつてこの海域で目撃されたという巨大生物達も、もしかしたらあの幻獣の仲間だったのかもしれません。船を襲っていたのではなく、今みたいに船が物珍しくてちょっかいをかけていただけなのかもしれませんね。
 騒動が治まり、アイシャがまた笛を吹こうとするのを慌ててエスタスが止めさせてようとしていたところ、今度は急に船足が速くなりました。
 慌てて船から海面を覗き込むと、海中で船をぐいぐいと引っ張って進んでいる、あの巨大な足が見えました。
 性懲りもなく、と憤る船員を掻き分けて、急にアイシャが海に飛び込んだので、びっくりしましたが、すぐに水面に顔を覗かせたアイシャが、
「お詫びに、引っ張ってくれるって」
 と言ったからまたびっくりです。どうやら、幻獣の声を聞くために一度海に潜ったようでした。
 アイシャの言葉に沸いた甲板ですが、どうやら進む方向が違うようです。
 慌てて船長がアイシャに方向の指示を出し、アイシャがそれを伝えて、ようやく『青い一角』号は予定の進路を飛ぶように走り出しました。アイシャはしばらく一緒に泳いでいましたが、流石に寒くなったと見えて、船長が投げた綱に掴まって戻ってきました。
 この調子だと、随分早く着けそうです。

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