第4話「誰と」

「今日こそは私が学園一だってことを証明してやるんだから―!!」
 高らかな足音と共に響いてくる物騒な叫び声。声の方をそっと窺えば、金の髪を揺らしてやってくる長身の魔法使いの姿が目に入る。
「のらりくらりとはぐらかされたけど、今日こそは逃がさないんだからね!」
 青空に向かって吠えているのは、巷で評判の『爆裂おねえちゃん』こと《鍍金の魔術士》リダ。その明るい空のような瞳は、まるで太陽の如くぎらぎらと輝いている。
「リダさん……」
 思わず呆れ顔で呼びかければ、リダは弾かれたように少女の方を向いて、少々ばつが悪そうに頭を掻いた。
「何よサラ、いるならいるって言いなさいよね」
 無茶なことを言ってくる彼女にあはは、と曖昧な笑みを返せば、リダは思い出したように尋ねてきた。
「あんた、店の準備はいいの?」
「こんな早くからお客さん来ないもの。リダさんこそ授業は?」
「今日はなし。久々の平日休みが取れたのよ」
 駄菓子屋の看板娘と、その常連客。二人の関係はその程度のものだったが、きさくな性格のリダは町中でも会えば声をかけてくれて、いつの間にか世間話をする程度には親しくなっていた。
「で? そんな貴重な休日に、また決着ごっこ?」
「ごっこじゃないわよ! 今日こそは決着をつけるんだから!」
「その言葉、先週も聞いた気がするけど……?」
「こないだはあいつが勝負をすっぽかしやがったのよ! 問い詰めたら『遠足の引率を頼まれてたのをすっかり忘れててー』って、私との勝負と遠足とどっちが大事だってのよ!?」
「……遠足なんじゃない?」
 個人的な理由と学校行事、どちらが優先されるかと言えば後者に決まっている。なにせ決闘の相手も、そしてリダ自身もまた、『教師』という肩書を背負っているのだから。
「あんたまでそんなこと言う! これはとても大事なことなんだからね!! なのにみんなして、『どっちが強いか勝負しなくたって別にいいじゃないですか』とか『大体、学園一になったところで何のメリットがあるんですか?』とか、『二位じゃ駄目なんですか?』とか、まったく分かってないんだから!!」
 駄々っ子のように怒鳴り散らす彼女が、学園でも一、二を争う有能な魔術士であることは周知の事実だ。性格に難はあれど、その実力は誰もが認めている。問題は、彼女が『学園一』の称号に固執していることだ。
「ねえ、リダさんは何で学園一になりたいの?」
 素朴な疑問をぶつけると、彼女はふんぞり返って胸を張り、きっぱりと言い放った。
「だって一番になりたいんだもの!!」
 実に単純明快な理由だが、その裏に潜む、もっと明確な理由を少女は知っている。
「……そんなこと言って、本当はただ、決闘にかこつけて思いっきり魔法がぶっ放したいだけでしょ?」
「うっ」
 図星を突かれて口ごもるリダ。そして、子どものように指を突き合わせて、言い訳がましくぼやき始める。
「だって、授業だとちまちました基礎呪文しか使わないし、実験棟は何度か壊したら攻撃系魔法使用禁止になっちゃったし、町中で魔法はご法度だし、河原でやったら警備隊にこっぴどく怒られるし、山間部でやったら自然破壊だなんだってうるさいし、ストレス発散の場所がないんだもの!!」
 最後の方はほとんど開き直りである。思わず苦笑を漏らす少女に、リダはごほん、と咳払いをして、ところで、と強引に話題を変えた。
「あいつを見かけなかった? 九時に噴水の前でって言っておいたんだけど」
「ええっと……」
 リダの絶叫を聞いてトンズラこきました、と正直に答えるべきか、見ていないととぼけるべきか。逡巡する少女の答えを待たずに、リダはやおら杖を目の前で構えると、何やら歌うような呪文を紡ぎあげる。
「リ、リダさん!? 町中で魔法は――」
『我が力を以て具現せよ、そは大いなる源、力強き流れ、轟く渦よ――!』
 力ある言葉に、噴水の水がぐん、と持ち上がったかと思うと、まるで竜巻のように螺旋を描いて蠢き出す。それはあたかも水の龍の如く、巨体をくねらせて襲い掛かってくる。
「きゃあああっ!!」
 慌てて噴水から離れようとした少女の体が、不意にふわっと優しい風に包み込まれた。えっと思う暇もなく、まるで風に運ばれるシャボン玉のように宙を舞って、少し離れたところに着地する。そして――。
『散!』
 静かな、しかし力に満ちた一言で霧散する水のうねり。その細かな霧からも守られて、ほうっと立ち尽くす少女の前に、ふわりと降り立つ金色の髪。
「町中で魔法はご法度ですよ、リダ」
 子供を諌めるような口調に、しかしリダはふふん、とふんぞり返っている。
「やっぱりいたわね、リファ。さんざんすっぽかされたけど、今日という今日は決着をつけるわよ!」
 リファとリダ。まるで合わせ鏡のようにそっくりな、二人の魔法使い。
 風にたなびく金の髪も、見つめ合う青い瞳も、白磁のごとく輝く肌も、何もかもが瓜二つなのに、その表情は見事なまでに正反対だ。
「……私をおびき寄せるためにわざとあんな魔法を使いましたね? 私がいなかったらどうするつもりだったんです? サラを巻き込むだけでなく、このメインストリート一帯が水没するところだったんですよ?」
 さすがに語気を強めるリファに、しかしリダは不敵に笑って切り返す。
「この町の危機に、あんたが出てこないわけがないでしょ。星の反対側にいたって飛んでこられるんだから」
 さすがに付き合いが長いだけあって、行動パターンはお互いお見通しだ。
「……リダさん、その台詞はちょっと悪役っぽい……」
 サラの呟きを聞かなかったことにして、リダはびしり、とリファを指さした。
「今日こそあんたに勝って、私が学園一だってことを証明してみせるわ!」
「ですから、あなたが学園一で構いませんって言っているじゃありませんか」
 大きくため息をつき、大体、とぼやくリファ。
「周囲への被害を考えてくれって学園長からも釘を刺されているんですから、勝負なんて面倒なことやめましょう?」
「面倒とか言うな! 学園一を譲ってもらったところで、私が喜ぶとでも思ってるの!? 私は実力であんたをこてんぱんに叩きのめして、参ったと言わせたいのよ!」
「……ある意味、物凄く参ってるからもういいじゃないですか」
「駄目っ!!」
 やれやれ、と肩をすくめて、リファは心底渋々、といった表情で分かりました、と答えた。途端にぱあ、と顔を輝かせるリダに、そのかわり、と釘を刺す。
「一回だけですよ。あとから三回勝負だとか、今のは練習、次本番とか言い出さないでくださいね」
「分かってるわよ! さあ、いざ尋常に――」
 すちゃっと杖を構えようとしたリダに、慌てて待ったをかけるリファ。
「町中で魔法はご法度だと言っているでしょう」
「じゃあどこでやればいいのよ。今から『闘技場』の利用申請なんて取ろうとしたら数ヶ月も待たされるし、町の外でやってもどうせ文句言われるんだから、もうどこでやってもいいじゃない」
「やめてください。なぜ止めなかったと学園長から説教を食らうのはごめんです」
「じゃあどうすればいいのよ!」
 やる気を削がれて不満顔のリダに、リファはにっこりと笑ってこう答えた。
「あるじゃないですか、大がかりな魔法を使っても差し支えない場所が」
 そんなところがあるとは初耳だ。魔術実験は周囲への影響を考えて、きちんと結界を張り巡らせてある専用の実験施設――通称『闘技場』で行う規則になっており、それ以外の場所で魔法を――特に攻撃系魔法を使うことは禁じられている。
「ああ! あそこね」
 合点がいったとばかりに手を打つリダ。そして、一人蚊帳の外に置かれてきょとんとする少女の手をひょいと取ると、さあ行きましょうか、とぐいぐい歩き出す。
「ち、ちょっとリダさん!?」
「あんた暇なんでしょ? 立ち会い人になってよ。大丈夫、巻き込まないように気をつけるから」
「えええええ!」
 困ったように振り返れば、リファもそれはいい考えですね、などと頷いている。
「さっきの勝負は無効だからやり直し、だなんて難癖つけられても困りますし、サラが見届けて下さるなら安心です。貴方に危害が及ばないように対策を取りますから、お願いできませんか?」
「そ、そんなあ……」
 降って沸いた大役に慄く少女の返事を待たず、さっと空いた方の手を取るリファ。
「さ、行きましょうか」
「そうね! 善は急げっていうからね!」
「うわああん!!」
 ――かくして、少女は二人の魔術士に引きずられるようにして、メインストリートを後にしたのであった。

<< >>