エピローグ

「それで、どうなったの?」
「結局、どっちが勝ったの?」
 長い話を聞き終えて、鏡合わせに首を傾げる双子の姉弟に、駄菓子屋の現役看板娘は楽しげに笑う。
「そうさね……。強いて言うなら――」
 思わせぶりな口調に、思わず身を乗り出した双子達は、背後から立ち上る憤怒のオーラに気づかない。
「あんた達!! また往来で喧嘩して!!」
「ぎゃっ!!」
 手に手を取り合って飛び上がる双子の頭をそれぞれ鷲掴みにし、怒髪天を衝くのは誰であろう双子の母親ハナだ。よほど慌てて駆けつけたのだろう、つっかけの左右が合っていない。
「くだらないことで喧嘩しておばあちゃんに迷惑かけるんじゃないよ! バツとして三日間、おやつ抜き!!」
「ええー!」
「そんなあ!」
 不満げな双子の声に、くわっと目を見開くハナ。鬼神もかくやの形相にまあまあと手を振って、涙目になっている双子に優しく問いかける。
「二人とも。お母さんに喧嘩の理由を話しておあげ」
「だからレンが、どっちが強いかって」
「違うよアイがお姉さんぶるのが――」
 またぞろ揉めだした双子に、違う違うと首を振って、ほらと促す。
「最初の理由は何だったのか、思い出してごらん」
「最初の?」
「えっとぉ……」
 顔を見合わせ、眉間にしわを寄せて考え込んだ二人は、同時にぱっと顔を上げた。
「母の日のプレゼント!」
 声を揃える二人に、目を丸くするハナ。
「そうだよ、かわいいものにしようよって」
「食べ物の方がいいって言ったじゃん!」
「食べ物じゃ残らないでしょ!」
「変なものあげるよりよっぽどいいよ!」
 きゃんきゃんと言い合う双子をまとめて抱きしめて、ハナは馬鹿だねえ、と呟いた。
「あんた達が仲良くしてるのが、一番のプレゼントよ」
 そうなの? と見上げてくる二人の頭をわしわしと撫でながら、照れたように笑う母。それを見て、嬉しそうに微笑みあう双子。
 そんな家族の様子を楽しそうに見つめながら、分かったかい? と片目を瞑る。
「お母さんが最強、ってことさ」
 そう。いつの時代も、どんな場所でも――『お母さん』は、最強なのだ。
「あら、何の話?」
 入り口から響いてきた声に、おやまあと呟けば、サクランボの髪飾りがちりちりと笑い声を立てた。
「噂をすれば何とやら、だねえ。今ちょうど、昔の話をしていたんだよ」
 連れ立ってやってきたのは金髪の魔術士二人と、燃えるような赤い髪の青年。魔術士二人は鏡のようにそっくりで、それなのにまるで正反対の雰囲気を漂わせている。
「なに、何の話? うちのお袋が二人をとっちめたってアレ?」
 にやにやと笑いながら言ってくる赤毛の青年に、口を揃えて異論を唱える魔術士達。
「あの時はあんたがまだ小っちゃかったから、仕方なく引き分けで収めてあげたんじゃないの!」
「何言ってるんです、彼女に止められなかったら私の勝ちでしたよ」
「馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ、私の勝ちに決まってるでしょ!!」
 ぎゃーぎゃーと賑やかな言い争いに目を丸くする双子と、また始まったとばかりに肩をすくめ、我関せずとばかりにお菓子を選びにかかる赤毛の青年。
 時を経ても変わらない光景に目を細め、駄菓子屋の看板娘は不思議そうに三人を見つめる双子へと目くばせを投げる。
「魔術士は年を取るのが遅いのさ。いつの間にか私の方が年上になってしまったねえ」
「なによサラ、年寄りじみたこと言って」
 それよりさあ、と鼻息も荒く詰め寄ってくるリダ。
「新製品が入荷したって聞いてから来たのよ。どれのこと? 美味しい?」
「あーあ、リダ姉はいつになってもお子ちゃまだなあ。いい加減甘いもん卒業すれば?」
 茶化すディオをきっと睨みつけ、その両手いっぱいの駄菓子を見て鼻を鳴らす。
「あんたこそ、まだそんなシールつきのお菓子買ってるわけ? いい加減やめなさいよ、いい大人が」
「うるさいなあ、ずっと集めてんだからいいだろ!」
「コレクションもいいですが、お菓子もきちんと食べてくださいね? 後始末につき合わされるのはもうこりごりです」
 ぴしゃりと窘められて、べえと舌を出すディオの袖を、くいくいと引っ張るレン。
「ん? なんだチビ」
「お兄ちゃん、それ集めてるの? 僕もだよ!」
「おっ、お前分かってるなあ! 余ってるのあったら交換しねえか?」
「お姉さん、新製品ってこれのことじゃない? 私もう食べたよ! すっごくおいしかった!」
「あらホント? じゃあ買って帰らなきゃねえ〜」
 妙に意気投合した彼らの微笑ましいやり取りにおやおやと顔を見合わせた大人達は、誰からともなく笑みを零す。
「ほらあんた達! いつまでやってんの! もう帰るよ!」
 またぞろ落ちた雷に首を竦め、とぼとぼと歩き出す双子。
「やっぱり、お母さんは最強ですね」
 くすくすと笑うリファに、うんうんと相槌を打つリダ。身に覚えがあるのか双子と一緒に首を竦めていたディオが手を振れば、お揃いの笑顔がそれに応える。
「じゃあね!」
「またね!」
 そう言ってガラス戸を潜れば、いつの間にか空は真っ赤に染まり、彼方から夜の帳が降り始めていた。
「あーあ、もっとおばあちゃんとお話したかったのにー」
「シール交換したかったのになあ」
 ぶーぶー文句を言いながら、ふと振り返れば、オレンジ色の電気が照らす駄菓子屋からは、賑やかな歓声が響いてくる。
 ガラスの向こう、朗らかに笑う駄菓子屋の看板娘。
 黒いお下げ髪にサクランボの髪飾り。そんな若かりし日の姿が見えたような気がして目を擦れば、急速に暗くなっていく空に、一番星が輝くのが見えた。

いつかどこかで・終わり
<< >>