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プロローグ・ギルの日記帳 ~ファーン復活暦646年三の月十二日~

 ルナンの街を発って五日。新しい杖に上機嫌のリダは、道すがら「慣らしをしないと」と言っては魔法を連発して、道行く人々の度肝を抜いている。道端の巨岩を天馬の石像に変えてみたり、池を凍らせてみたり、何かの記念に植えられたという若木を、天を衝くほどに成長させてしまったり。おかげで噂が噂を呼んで、「奇跡が起きた」とか「天変地異の前触れ」、はたまた「野良魔族の気紛れか?」だのと、好き放題言われているらしい。勿論リダは知らん顔をしてるし、俺も余計なことは言わない方がいいかなと思って黙ってるけど、そのうちリダの歩いた道程に『悪夢の街道』なんて呼び名がつくんじゃないかと、ちょっと心配だ。
 今、俺達はルナンから南東に伸びる街道をひたすら進んでいる。中央大陸から南大陸に渡るには、街道の終着点となっている港町グラータから定期船に乗るのが一番手っ取り早いんだって。
 南大陸は熱砂と火山の国。屈強な山人達の生まれ故郷だ。山人の知り合いはあまりいないけど、父さんの友人だった山人のおじさんは、とにかく豪快な人だった。最初はむすっと怖い顔をしてて、とっつきにくいのかと思ったけど、「人付き合いが苦手なだけで、仲良くなればとても楽しい人なんだよ」と父さんは言っていた。リダに言わせると「あいつらは歩く酒樽だ」ということになる。確かにあの飲みっぷりはすごい。同じくザルなリダは、よく酒場で山人と意気投合して飲み明かしてるけど、店の酒を飲み尽くして店主に泣きつかれることもしばしばだ。あんな人達がわんさかいるところなんだから、きっと美味い酒がたくさんあるんだろうな。リダが南大陸行きにやけに積極的なのも、そんな理由からなのかもしれない。
 あちこち旅しているリダだけど、実はまだ南大陸には行ったことがないんだって。未知の場所には未知の出会いがあるって意気込んでるけど、要するに「未知の地酒」と出会いたいんだろうなあ。
ジョーカーさんも言ってたけど、南大陸では魔術に使う特別な石やら金属やらが良く採れるらしい。もともと火山が多い南大陸には鉱山がたくさんあって、それらを採掘しては加工するのが山人達。あんなにごつい指で、ものすごく繊細な細工物まで作っちゃうんだから、本当に人は見かけによらないよね。
 今、この中央大陸はちょっと肌寒いくらいだけど、南大陸は一年中常夏だ。向こうに着いたら夏物の服を用意しないと。リダはとにかく暑がりな上に、人目を気にしないでいきなり脱ぎ出したりするから危険なんだよね。一応、年頃の女の人なんだから、少しは気にして欲しいよ。
 そう言えば、店で働いている間、ジョーカーさんから少しだけ、リダの昔の話を聞いた。リダは東大陸のヴェストア帝国で宮廷魔術士として働いていたっていうのは本人から聞いてたけど、宮廷魔術士になる前から、ジョーカーさんと知り合いだったんだそうだ。
  その頃のリダは、とにかくツンケンしていて、まるで針鼠みたいだったとジョーカーさんは言っていた。しかも驚くことに、すごく無口だったんだって。喋らないわ、喋ったかと思えば棘だらけだわで、とにかく扱いが難しかったらしい。「今思えバ、反抗期ってヤツだったのカナ?」とジョーカーさんは笑っていた。
 ジョーカーさんの店は、魔法用品を扱う店としてはものすごく品揃えがいいらしくて、リダも度々訪れていたそうだ。顔馴染みになるにつれて、刺々しい雰囲気は薄れてきたけど、いつも一人で、他の誰かの話をしたことなんてなかったらしい。しかもあれだけの美人なんだから、浮いた話の一つや二つあったっておかしくないのに、そういう話題も一切ない。だから、俺を連れて店に来た時に、思わず「恋人」だなんて言っちゃったんだってさ。勘違いも甚だしいけど、その話を聞くとなんか分かる気がした。


《覚え書き》
・護符(対魔物用結界×2、ネズミ避け×3、火避け×5)の作成
 ・南大陸で買い付ける石……天青石、青金石、藍晶石
 ・日焼け止めの材料(火山灰から出来たキメの細かい粘土・茴香・薔薇の実・万年蝋)

《これまでの道筋》


 中央大陸に戻ってきたのは一年半ぶりかな。日記を読み返して、そう言えば前にリダがあちこち破壊しまくってたことを思い出した。こっそり情報を集めてみたけど、ヴォルト山は雑草一本生えない荒野になっているらしい。どうやら、リダの魔力が大地に影響して、植物の育成を妨げてるんじゃないかって話だ。同じくリダが狼に追われて丸ごと焼き払ったウルクの森は、なんと村になっているんだって。どうやら以前リダに負けた魔術士だのナントカ騎士団だのが集まって、跡地に村を作ったらしい。帰るに帰れなくなってそうなったんだろうけど、一致団結して村興しとは、なんとまあたくましいことだ。絶対に近寄りたくないけどね。
 東大陸からの定期船はレント港に着くから、そこからなるべく最短の道のりでルナンを目指そうとしたんだけど、近寄りたくないところを避けて進んだり、ランテスの町で依頼を受けてシリカ村近くの遺跡に潜ったりしたから、結局遠回りになっちゃったな。
 ルナンからグラータ港まではほぼ一本道。街道も整備されてるし、今いるサルート村のような宿場もあちこちにあるから旅しやすくて嬉しいけど、道中リダがあれこれやらかしてるから、もう通れないかも。
 中央大陸では"打倒《金の魔術士》"の流行は去ったらしく、やたらとちょっかいをかけてくる人間がいないので、随分楽な旅路だったけど、これから行く南大陸はどうなんだろう。
 そもそも、南大陸に向かうことを決めたのは、去年の秋頃にリダが「ツバメを追いかけてみようか」なんて言い出したからなんだけど、その後で「南大陸西部の国興しに《金の魔術士》が関わっているらしい」という噂を聞いたので、リダの直感もなかなかに侮れないってもんだ。もっとも、七十年位前の話なので、今行って何か情報が得られるとは限らないけど、それこそ行ってみなきゃ分からないもんね。あとは、行ったら「《金の魔術士》のせいで国がうんたら~」とか言われて、石もて追われないことを祈るのみだ。

 


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