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「はは、幽霊屋敷か。言い得て妙だね」
 軽やかに笑い飛ばす大家に、いやいやと手を振る。
「まずくないですか、香澄(かすみ)さん。ただでさえ店子が少ないのに、そんな噂が立ってるなんて知られたら……」
「なに、昔から言われてるんだ、今更だよ」
 あっけらかんと答える彼女こそが、その『幽霊屋敷』こと格安賃貸アパート『松和荘』の大家であり、松来(まつき)家現当主その人だ。侑斗にとっては大学の先輩でもあり、何かと頭が上がらない存在でもある。
 『松和荘』は松来家の敷地内に建つ木造二階建てのアパートだ。かつては下宿として運用されていたため、一階に共用の応接室や食堂があり、実体はシェアハウスに近い。
 現在の住人は五人。侑斗が入居した去年の夏頃には、改装中の一部屋以外はすべて埋まっていたのだが、今年に入ってから転勤や結婚などで退去が相次ぎ、現在は三部屋が空いている。
「昔からって……そんなに前から噂が立ってるんですか? その……(ふみ)さんの」
 無意識に声を潜めてしまったが、しっかり聞かれていたらしい。
「あら、私がどうかしましたか?」
 背後から気配もなく現れた和装の美女は、小首を傾げつつ、冷えた麦茶のグラスをそっと机の上に置いた。
「あ、えっと……」
「このお屋敷が幽霊屋敷と呼ばれているって話を、近所の子供から聞いたらしいんだよ」
 端的に説明する香澄に、松来家の万能お手伝いさん――またの名を『松和荘のマドンナ』こと樫木文は、さも楽しそうにコロコロと笑い声を上げて、
「まあ! 私ったら、そんなに有名なんですか?」
 と(のたま)ったのであった。

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