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二年前 ~青い世界~
「ふぅ……こんなもんか」
 引越し荷物を解き終え、部屋の片づけが終わったのは、すでに真夜中をとっくに過ぎた時間だった。
「明日早いのになあ……」
 入学式が終わったらすぐに帰って片づけをする予定だったのが、あの怪しげな作戦司令本部から出たのが16:00過ぎ。それからも、町を案内するというレミーに引っ張りまわされて、アパートに帰ってきたのは実に20:00近かった。
 それから慌てて部屋の片付けをしたが、いくら男の一人暮らしといえど荷物がまったく無いわけでもない。色々と整理しているうちに、こんな時間になってしまった。
「さて……一応、チェックしておいた方がいいか……」
 衣類ケースの前から立ち上がり、レンは部屋の片隅へと移動した。
 荷物の整理に時間がかかったのには、ひとつ理由がある。
 それは、部屋の隅に備え付けられたコンピュータ。今となっては生活から切り離せないものだが、レンにとっては普通の人間とは違った意味で、生活から切り離せない。
 この《LUNA-01》に敷かれているネットワーク[LUNA-NET]は住民であればすべて無料で利用でき、この安アパートにも最初から回線が敷かれている。自宅から後生大事に持ってきたマシン一揃いを組み立て、調整をして、この[LUNA-NET]への接続手続きを行っていたことが、片付けに時間がかかった一番の理由だった。
「運ばれてる途中でおかしくなってなきゃいいけど……」
 呟きながらマシンを起動させる。そのマシンには、通常あまり見られないものが一つ、組み込まれていた。
 本体、モニタ、キーボード、マウス、スピーカー。これらはごく普通のものだ。コンピュータ開発当初からさほど形を変えずに現在まで使用されている、どこでも見られる形。
 しかしそれとは別に、本体の半分くらいのサイズの機器がある。それは本体とケーブルで繋がれ、更にその機器から伸びる太いケーブルが一本あった。ケーブルの先はプラグになっているが、それは他の周辺機器へつなげるものではない。
「戸締りは大丈夫だし、キッチンも火は止めたな。あとは、おっと椅子だ……」
 なにやら辺りを見回して目で確認をしたレンは、壁際に置かれていた座椅子をマシンの前に引きずってくる。
 それは、背もたれと肘掛が立派な、まるで大学生の部屋には似つかわしくない座椅子だった。
 別にレンのセンスが悪いわけではない。これは、今からレンが行うことには必要不可欠なのである。
「……もっと金があればなあ」
 などと呟きながらレンは座椅子にしっかりと腰を下ろし、そのケーブルをつかむ。
 そして、ため息をつきつつ空いた手で、着ていたハイネックのシャツの襟首辺りをぐいと引き下げた。
「よいしょ……」
 それは、明らかに異様な光景だった。
 すんなりとした襟首のちょうど真ん中辺りに、機械のような硬質的な部分がある。その部分にレンは躊躇いもなくプラグを押し当て、ちょっと力を込めて「接続」する。
「やな光景だよな……」
 自嘲気味に笑うレン。彼とてそのことは重々承知しているのだ。だから彼は、人前に出る時には必ず首元を覆う服装をする。夏であっても、彼が襟足を露出させたところを見たものはいない。
 いかにそれで人目を引いても、このサイバー装備を見られるよりはよほどましだ。ちょっと変わった人間だと思われるだけで、人々に不快な思いをさせずに済む。
「さて……はじめようか」
 そう言って静かに目を閉じ、全身を座椅子にもたれかからせる。
 程なくしてディスプレイには、人の目には留まらないほどのスピードで膨大なデータがスクロールされていった。


 それは、事故だった。
 中学に入りたてのレン・カイル=サレイは、下校途中に暴走するごみ収集エアカーにはねられるという、極めて情けない事故に遭遇した。
 火星のコロニーでは、車という車は全て、公道においては交通コントロールシステムに身を委ねている。それによって交通事故の発生率はほぼ0%に近づいている。のだが。
 収集ポイントを回るごみ収集車は、そのコントロールが届かない住宅街の細い道をも回る。そこで、整備の不備か電磁波の襲来か、突如運転手の意向を無視して暴走を始めた車は、たまたまいつもは通らないその道を歩いていたレンと路地で鉢合わせとなり、結果レンは「あっ」と言う間もないほど唐突に、意識を失ってしまった。
 痛みや衝撃を感じる間もなかったのは幸いだったのだろうか。しかしレンの怪我は甚大で、このままでは助からないとまで宣告されたらしい。後からこう、具体的に言われてぞっとしたが、体の損傷はかなりひどかったらしい。
 結果レンは事故から約一週間ほど生死の境をさまよい続け、起きたときには全て「終わって」いた。
 絶望に暮れる家族に、医師は一つの光明を投げかけた。それは、機械で失った部位を補う、サイバー手術の勧め。
 しかしサイバー手術には金がかかる。とてもではないが、ごく普通の平研究員である両親の給料ではまかないきれない。
 ところが、医師は無料で構わないと持ちかけた。訝しがる家族に、新しく開発されたサイバー装備の実験体が必要なのだと言い、手術成功後データ収集に協力してもらえれば、今度完全回復までにかかる経費は全て研究所側で持つ、というのだ。
 その時レンの意識があったなら、そんな怪しげな話に乗るかっ! と怒鳴っていたところだが、生死の境をさまよう息子を思った両親は、何の疑いもなくその話に飛びついてしまったのだ。
 そして。
 事故から一週間、ようやく意識を回復したレンが見たものは、まだ人工皮膚コーティングも完全ではない自分の肢体だった。
 よくもまあ、その時また気絶しなかったものだと、後から感心したものだ。
 しかも、唖然として声も出ない息子に向かって、枕元に付き添っていた両親が発した言葉は、
『お前、実験体になったんだよ』
 というなんとも、こう、デリカシーに欠けるというか、説明の足りない言葉だった。
 事故に遭ったことすら曖昧にしか覚えていないレンは、自分はどこか怪しい研究所に連れ去られて、肉体改造をされてしまった挙句にモルモット扱いされているのかと、本気で思い込みかけた。
 すぐに担当医師が現れて、両親の足りない言葉を補足してくれたので、壮大なる勘違いをせずに済んだが。
 かくして、全身の約65%がサイバー装備と化したレンは、その後回復に約一月、そして研究所のデータ収集に約半年を費やし、晴れて自由の身となって中学へと復帰した。
 事故に遭ったことは伝えられていたが、サイバー装備のことは伏せられていたため、レンは今まで通りの暮らしに戻ることが出来た。
 実際、サイバー装備を覆っている人工皮膚は、普通の皮膚となんら変わらない見た目や触感をしているし、動きなどもスムーズで、生身の体となんら変わらないように見える。
 ただ一つ、首元のジャックインソケットだけは皮膚で覆うと使えなくなってしまうので、髪を長くしたり衣服でごまかしていた。
 レンがそんな秘密を持っていることを、彼の知り合いたちは誰一人として知らない。気づかれないよう、細心の注意を払って暮らしてきた。
 サイバー装備は、現在ではナノマシン技術によって影が薄くなっているものの、かつては軍隊などで盛んに開発研究、そして実用化が行われていたものだ。
 レンのような事故の場合だけでなく、肉体を簡単にパワーアップできる手段として、サイバー装備が安易に用いられていた時代もあったと聞く。
 そんな全身を強化した人間がクーデターを起こし、一般市民までをも巻き込んだ凄惨な事件を引き起こしたこともある。
 そんな訳でサイバー装備は一般的にはあまり良い評判を得られず、それを施された人間が蔑視されるケースも少なくない。
 そういった知識はレンにもあったし、研究所からも言われていたので、レンはその時から現在まで、サイバー装備保持者であることを誰にも打ち明けることはなかった。
 そんな、まさに青天の霹靂であるサイバー装備だったが、悪いことばかりではない。
 身体的能力は格段に上がっているし、サイバー装備を制御するために補助電子脳が組み込まれたことにより、計算や記憶といった能力は格段に増している。
 しかし、それをひけらかすつもりのないレンは、研究所でのデータ採取以降、ほとんどサイバー装備の能力を発揮させたことがない。
「だって、実力じゃないから」
 とはレンの弁だ。確かに、それらはサイバー装備の力であって、レンの力ではない。
 しかし、そんなレンも、コンピュータとの直接接続が可能になったことによるジャックイン能力には感謝していた。
 現在、サイバースペース内を疑似体験するシステムはすでに普及しているが、どうしてもそれはまだ「擬似的な」ものに過ぎない。
 しかし、レンのように「直接」サイバースペースへと繋げる場合は違う。現実の肉体と同じ感覚で、そこに存在することが可能だ。
 サイバースペースを体感できる。これは、レンにとって思いがけない贈り物だった。


「ふうん、大変だったのね」
「まあね、でも……って、え?」
 はっと目を開けると、目の前に金髪の少女がいた。硬質的なゴーグルに顔の半分が隠れてしまっているが、この声と姿は間違えようもない。
「レ、、レミー!? どうしてここに……いや、それよりも……」
 レンは確認するように辺りを見回す。
 青い空間。どこまでも広がっている世界。四方八方を光のように駆け抜けていく銀色の情報群。散らばった道標に、ごったな建造物。
 ここは、サイバースペースだ。現実世界ではない。
 サイバースペースは視覚的に、青く表現される。宇宙空間のような暗いものではなく、深く明るいブルー。
 そんな青い空間に浮かぶ、黒い服に身を包んだ青年。そしてまるで対照的な、金の髪を揺らした少女。
「レミーもダイブ技能持ってるんだ。びっくりした?」
「う、うん……すごく」
 びっくりした、どころの話ではない。ネットダイブは資格制ではないが、適性がある。それに――。
「……君もジャックインしてるのか」
 一般に、レンのような「直接」ダイブしているものと、擬似体感システムでダイブしているものでは、サイバースペース内の仮の姿に違いが生じる。擬似体感システムの場合はいまいち、仮の姿(サイバーキャラクター)にリアリティーがかける。容姿もそうだが動作にかなりの違いがあり、どこか人形めいてしまう。
 特に、自前のものではなくネットカフェなどから入った場合は、サイバーキャラクターの容姿は出来合いのものから選ぶ形となってしまう。
 直接ダイブしているものは、補助電子脳の働きにより自らの感覚から肉体を再構築できるので、やろうと思えばリアルの自分そっくりのキャラクターを作り上げることもできるし、動きに関しては生身の体を動かしているのとなんら変わりのない動きが可能である。
 しかしリアルの自分そっくりのキャラをつくるものなどほとんどいない。レンもまた、髪の色や目の色を変え、レミーと同じ形のゴーグルをつけている。
(……ん? ゴーグル?)
 首を捻るレン。そんな設定をした覚えはない。ここでは仮の姿なのだから、わざわざ顔を隠す必要などないのだし。
 と、レミーがにんまり笑った。
「それ、レミーからプレゼント!」
「プレゼント……?」
「うん! だって、秘密の警備隊が顔をさらして任務に当たるわけには行かないでしょ? 本当は制服もあるんだけど、まだ最終調整が終わってなくって」
 さも当たり前のように話すレミー。しかしレンは頭が痛くなってきた。
「そんな、いくら謎の警備隊って言っても……って、レミー。一体どうやって……」
 他人の容姿データに勝手に手を加えることは通常出来ない。そんなことが可能なら、サイバースペース中で混乱が起きてしまう。
 しかも、レンがこの場に出現してから、ゴーグルのデータが書き加えられた形跡を、レン自体が感知していない。
「お兄ちゃんがダイブしてる最中に、ちょっと手を加えちゃった」
 てへっと笑うレミー。逆に、レンの顔からは笑顔がひいていく。
(そんなことは出来るわけない。いや……「普通では」できっこないんだ)
 では、目の前にいるレミーは普通ではないということか。いや確かに、十分普通ではないが。
「あのね。お兄ちゃんのくれたデータは、すごく役に立ってるんだよ。知ってる?」
 唐突にレミーが言ってくる。一瞬何のことを言われたのか分からなかったが、すぐにその「データ」が、あの研究所で採取したデータのことだと気づいた。
「……それって、どういう……」
「もっとも、あのあとすぐにナノマシン技術の開発が本格化しちゃったから、世間的には新型サイバー装備は注目されなかったんだけど。でもすごく、今役に立ってるの。おじいちゃんもそう言ってるよ」
「おじいちゃん?」
 首を傾げるレン。しかしレミーは答えずに、レンの手を引いてすい、と浮かび上がった。
「一緒に来て。そのために待ってたんだ」
「待ってたって、僕を?」
「うん。多分来ると思ったから。レミーの勘は当たるんだよ」
 そう言いながら、レミーは泳ぐように進み出す。このサイバースペースには「地面」がない。キャラクターは無重力空間を渡るように、電子の中を泳いでいく。
「どこへ行くんだい?」
 レミーに手を引かれるままに移動しながら、一応レンは尋ねてみた。答えを期待してはいなかったが、意外にもレミーはすんなり答えをくれた。
「三人目の仲間を勧誘しに行くの!」
 なるほど、三人目……。
「三人目!? それじゃ、何。今のところ、君と僕しか隊員はいないの?!」
 驚愕の新事実である。まあ確かに、あの作戦司令本部は無人だったが、他の隊員を紹介されたりしなかったが、それはたまたまだと思っていたのに。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
 のほほんと答えるレミー。いや、その目は確信犯的に笑っている。
「これから隊員を揃えて、活動を開始するんだよ。だから、お兄ちゃんをまずスカウトしたの」
 それは褒められているのだろうか?それとも、使い走りに都合が良さそうだと思われたのか。
 情けない顔で沈黙するレンに、レミーはにこっと笑う。
「最新型のサイバー装備を持ってるんだから、有効活用しなきゃもったいないじゃない?」
 レンの顔が真剣そのものの表情になる。それは、誰も知らないはずのこと。
「……どこで調べたんだ?」
「ここ」
 レミーがぴたっと止まる。そこは、神殿のような門構えの入り口だった。荘厳にして重厚なつくりの建物に、レンも一瞬息を呑む。
「ここは……」
 神殿の入り口には、ありとあらゆる言語でこう書かれていた。
「LUNA-01中央管理システム《Selene》」
 それは、このサイバースペースの要にして、リアルワールド《LUNA-01》の要。
「《Selene》! レミーだよ。入れてくれない?」
 厳重に閉ざされた神殿の入り口に向かって、レミーはまるで友達に話しかけるかのように声をあげる。
「レミー、君は一体……」
 呟くレンをやんわりと遮るように、頭上から声が降りそそいだ。
『はい、分かりました。今開けますね。ご一緒なのはレンさんですか?』
 柔らかい女声。それは、誰であろう「LUNA-01中央管理システム《Selene》」そのものの声だ。彼女は、人間とのコミュニケーションを図るため、バーチャルキャラクターとしての姿を持っている。
「うん、そうだよ! 勧誘に成功したんだよ! レミーすごいでしょ!」
『ええ。良かったですね、お仲間が出来て。さあ、それではお入り下さい』
 神殿の扉が左右に開く。中からは眩い光があふれ出し、レンの目を細めさせる。
「さあ、行こう! お兄ちゃん」
 レンの手をとり、光の中へと飛び込んでいくレミー。何か言うまもなく引っ張っていかれたレンは、次の瞬間重力を感じて、床へと叩きつけられた。
「いたたたたた……」
 ジャックインしているとこんな感覚まで感じてしまうから、ちょっと不便だ。
「ごめーん、ここから床があるっていうの忘れてた」
 自分はしっかり床に着地を決めて、レミーはレンに手を伸ばす。その手につかまって立ち上がりながら、レンは辺りを見回した。
「ここが、中央制御システム……」
「そう、《Selene》の神殿だよ。《Selene》は月の女神様だからねっ」
 そう言いながらスタスタと先へ進んでいくレミーに、慌ててレンはついていく。置いていかれてはたまらない。
「レミー、君はなんで、ここに入れるんだ?」
 先を行くレミーの背中に問いかける。すると、首だけ振り向いてレミーは、
「だって、ここはレミーのためのシステムでもあるもん。勿論、お兄ちゃんのためでもね」
 と不思議なことを言ってくる。そして、首を傾げるレンに、
「《Selene》は、《Shining k-nights》の支援システムとしての顔もあるんだ」
 とちゃんと説明してくれた。なるほど、そういう意味なのかと納得するが、しかしまだ分からない。
「なんで、竹之内財閥グループの作ったシステムが、私設警備隊の……、う、もしかして……」
 いやな予感がする。
「あ、そうか、まだお兄ちゃんにちゃんと言ってなかったんだっけ?」
 くるりと振り返るレミー。金の髪が宙に舞う。
「レミーはね、ちゃんとした名前は、レミー・キャロル=竹之内っていうの。これで分かる?」
 竹之内。それは、このコロニーにおいては神にも等しい名前だ。
 ということは。秘密の警備隊《Shining k-nights》とは、竹之内財閥のご令嬢自らが率いる警備隊ということになる。
 そんな警備隊があっていいのか、と頭を抱えそうになるレン。そんな脳裏に、ふとよぎるものがある。
(そう言えば……)
 あの病院の名前は、そして付属研究所の名前は何と言ったか。
 恐る恐るレミーをうかがう。その瞳の意味が分かったのか、レミーはにんまりと笑って教えてくれた。
「火星コロニーにあった竹之内総合病院は、おじいちゃんの経営してる病院なの。研究所もね。だからお兄ちゃんのデータは全部知ってるんだ。ごめんね」
 最後の言葉を発する時だけ、レミーの瞳が悲しそうな色を帯びた。それは、勝手に情報を引き出して、白羽の矢を立てたことに対してか、それともレンを新しいサイバー装備の実験体にしたことに対してか、レンには分からない。
 何も言わずにいると、レミーがぺろっと舌を出す。
「お兄ちゃんがダイブしてきた瞬間に容姿データをいじってたら、うっかりお兄ちゃんの思考まで介入しちゃって。あんな言われ方したら、誰だって改造人間にされたと思うよね。でもきっと、お母さん達も気が動転してたんだよ」
 などと言いながら笑いをこらえているレミーに、レンの顔が真っ赤に染まる。
「人の記憶を勝手に……」
 しかもあんな、思い出したくもない情けない記憶を。
 恥ずかしいやら腹立たしいやらのレンに、笑いをようやく引っ込めたレミーは改めて向き直る。
「レミーはお兄ちゃんの秘密を知ってる。でも、それを誰かに言おうなんて思ってないし、むしろその秘密の力で、一緒に戦って欲しいと思ってる」
 真摯な言葉に、ようやくレンも感情を抑えてレミーを見つめる。
「あのね、お兄ちゃんはね、レミーがたくさんの人の中から選んだ、とびっきりのパートナーなんだよ」
「えっ……」
 どきっとした。
「そうだな。人が良さそうで、後始末がうまそうで、なにより人当たりの良さそうな、れっきとした大人だ」
 今度はびくっとした。
 レンの人となりをびしっと言い当てた言葉は、頭上から降ってきたものだった。見上げると、階段の踊り場から身を乗り出すように、二人をじっと見ている人物がいる。
 声からして女性だが、随分とさっぱりした物言いをする。
「クラリス! そこにいたんだ」
 レミーが声をかけると、クラリスと呼ばれた女性はひらり、と手すりを飛び越えて、二人の前に立つ。その姿は多少リアリティを欠く、擬似体感システムの作り出したサイバーキャラクターだったが、その動きはかなり秀逸なものだった。
「この通り、レミーはわがままで、猪突猛進で、世間知らずな子供だ。まさに貴方と対照的で、ちょうどいい」
 ずばずばと言ってのけるクラリスは、唖然としているレンにすっと手を差し出す。
「はじめまして。大学部三年のクラリス=綺堂。飛び級しているので貴方より年下です。どうぞクラリスと」
「はあ、どうもはじめまして、クラリス。大学部一年のレン・カイル=サレイです」
 握手しながらレミーを見る。この不思議な女性は何者なのか、という目の訴えに、レミーはえへっと笑う。
「あのね、クラリスを隊員にしたいんだけど、どうしてもうんって言ってくれないんだ。だから一緒に説得して」
「え?」
「私を説得するのは容易ではないと思うが」
 本人がそんなことを言っている。
「え、それって、ちょっと……」
 そんなことのために、ここまで連れてきたのか?
 第一、この場所にこうして出てくる時点で、仲間ではないのか?
 様々な思いがレンの脳裏を駆け巡る。が。
 口をついて出てきた言葉は、
「……えっと、なんで入りたくないのか、よければ教えてもらえないかな?」
 というものだった。
 すっかりレミーのペースに乗せられていることを自覚しつつ、レンはこれも運命かな、と思う。
 しかし、なぜだろう。参ったなと思う半面で、なにかこう、心が躍る。
 それは、今まで自分の力を押し殺して生きてきたことへの反動だったのか。
 それとも、誰かに必要とされることへの喜びだったのか。
 兎にも角にも、レンの災難は入隊初日にして始まっていた。


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