祖母の田舎は霧が深いことで有名だ。
とろとろと渦巻き、伸ばした手の先が見えなくなるくらいの濃霧は、幻想的という以前に恐怖の対象だった。
だからだろうか、祖母は口を酸っぱくして繰り返す。
「霧の深い日は外に出ちゃいけないよ。違う世界に迷い込んでしまうからね」
そんなの、子供が迷子にならないための脅し文句だろう。そんな考えは甘かったようだ。
自販機で飲み物を買うだけ。そう言い訳をして飛び出した霧の街。曲がるはずの角を見失って立ち尽くす私の目の前で、幕が上がるように霧が晴れ――見えてきたのは、天を衝く巨木と煉瓦の街並み。そして。
「次の霧が出るまで帰れないよ」
追いかけて来たらしい祖母が、やれやれと溜息を零した。