[TOP] [HOME]

甘い星粒
 ぽわん、という気の抜けた音とともに、部屋中に広がる甘い香り。
「できましたわ~!」
 喜びの声を上げる《極光の魔女》。満足げに見つめる大釜の中は何やらキラキラと光っている。
「ハル君」
「はい?」
 振り返った少年の口に、ぽんと放り込まれた小さな粒。
「甘っ! なんすか、これ」
「今度の祭に出そうと思ってますの。お味はいかが?」
「……光ってるっス」
 全身から淡い光を放つ少年に、魔女は呑気に小首を傾げた。
「星の粒みたいで面白いと思ったのですけど」
 確かに見た目はいい。しかし、食べると体が光り出す金平糖など誰が買うというのか。
「作り直しですわねえ」
 残念そうに漏らした吐息が、途中から笑い声に変わる。
「ユラ師――! 酷いっす!」



「どうしても上手くいかないんですの~」
 調理台にぺしょりと突っ伏して泣き言を漏らす友人に、菓子職人ルカは泡立て器を動かしつつ「へえ」と相づちを打った。
「珍しいね。ユラが菓子作りで失敗するなんて」
『北の塔』三賢人の一人、《極光の魔女》の異名を持つ彼女とは長い付き合いだが、料理――とりわけ菓子作りの腕前は職人顔負けだ。本業は魔術士なのだが、料理は気分転換にちょうどいいらしく、研究が煮詰まるたびに手間のかかる料理や豪勢なおやつが『塔』の面々に振る舞われるらしい。何とも羨ましいことだ。
「一体何を作ったんだい?」
「これなんですの」
 長衣の隠しから取り出したのは、丸薬でも入れておくような硝子の小瓶だった。うっすら青みがかった瓶の中には、星のような形をした砂糖菓子が詰められている。このあたりでは『金平糖』と呼ばれる、甘い菓子だ。綺麗な形に仕上げるにはコツがいるが、ぱっと見た限りでは形もまとまっているし、奇抜な色をしているわけでもない。
 となれば、問題は味か、それとも――。
何の魔法を入れた(・・・・・・・・)?」
 そう、彼女は魔術士だ。しかも、物体に魔法効果を封じ込める『付与魔術』を得意としている。そんな彼女が趣味と実益を兼ねて研究を進めた結果、魔法効果を付与した『魔法菓子』の数々が生み出されたわけだ。
「それはもう、この形ですもの。光魔法ですわ」
 えっへん、と胸を張る彼女だが、その表情は暗い。ここまでしょげている彼女を見るのは初めてかもしれない。
「近々『流星祭』があるでしょう? それにちなんで、星みたいなお菓子を作れたらと思ったんです。元となるお菓子は上手くいきましたのよ。形は金平糖ですけど、そのままでは面白くないので、口の中で溶けやすくして、味もちょっと工夫してみましたの。でも、お菓子自体が光るだけではなく、『食べた者の体表面が光る』効果が出てしまって、そこがどうにも改善できませんの」
 食べると体が光るお菓子。なるほど、それはどうにも困った副作用だ。
 しかし、菓子のことならともかく、魔法効果の問題となると、一介の菓子職人に過ぎないルカが助言できることなどほとんどない。ユラもそれは分かっているのだろうが、誰かに零さずにはいられないのだろう。
「この部屋が明るいからよく分からないけど、これは今、光ってる状態なのかい?」
「いいえ、もう持続時間が切れていますので」
 そう前置きしつつ、硝子瓶から一粒つまみ出す。
「出来たては夜空の星のようにキラキラと光って、とても綺麗ですのよ。でも持続時間は三日ほど。それを過ぎるとお菓子自体は光らなくなるんですけど、その状態でも『食べた者が光る』効果が消えないんです」
 検証によれば、作ってから一月が経過したものでも、まだ体が光る効果が残っているという。生真面目な彼女のことだ、きっちり検証実験を行っているのだろうが、誰がその実験に付き合わされたのかは、気の毒なので追及しないでおくことにする。
「ちなみに、人体発光の継続時間は?」
「半日ほどですわ。『光る』と言っても目が眩むような強さではなくて、体表面を燐光が覆うような感じですわね。時間が経つとだんだん光が薄くなっていって、半日ほどで完全に消えました」
 話を聞く限りは何とも幻想的な光景だが、光らされた方はたまったものではないだろう。昼ならともかく夜は目立つこと甚だしい。まあ、自身が発光しているなら、夜でも明かりいらずで便利なのかもしれないが。
「ん? ……ねえユラ、それって失敗どころか、大成功なんじゃないかい?」
「大成功、ですか?」
 不思議そうに小首を傾げる彼女の手から、ひょいと小瓶をつまみ上げる。
「つまり、これを食べたヤツは半日の間、光り続けるんだろう?」
「ええ。実験に付き合ってくれた子は、これを食べた後だと、夜にこっそり厨房へ忍び込もうとしてもすぐ見つかるって嘆いていましたわ」
「そう、それだよ! それなら例えば、祭の夜に食べれば、暗闇の中でもうっすら光って、目立つことこの上ないだろう?」
 ザナヴェスカの夏を彩る夜祭『流星祭』では、光る装飾品や玩具の類が飛ぶように売れる。町中には街灯が設置されているが、建物が密集した街なのでどうにも薄暗い。そこで、安全面と見た目の美しさを兼ね備えた『光り物』が重宝されるという寸法だ。
「これは流行るよ、ユラ! 見た目もかわいくて効果も抜群! しかも持続時間が半日ならちょうどいい。ばっちりじゃないか」
「なるほど! 言われてみればその通りですわ。まさに発想の転換ですわね」
 見方を変えれば失敗も大成功になることだってある。これだから、何かを作り出す仕事というのは、たまらなく面白いのだ。
「流星祭の目玉商品になること請け合いだよ! 製品化するなら、是非ともうちに置かせてほしいね」
「勿論ですわ。あとは味と形をもう少し工夫して……。『塔』の厨房では量産が難しいので、祭の前にこちらの厨房をお借りしてもよろしいでしょうか」
「ああ、勿論。いつでも大歓迎さ」
 どんと胸を叩き、景気づけとばかりに砂糖菓子を口に放り込む。
 口の中でシュワッと溶ける、甘い星。
 やがて光り出した己の体をしげしげと眺めながら、ルカは楽しそうに呟いた。
「こりゃあいい。精霊の粉を振りかけられた気分だね」
「お伽噺のように、空を飛べるようになったらいいんですけどね」
 クスクスと笑いつつ、ところで、と小首を傾げるユラ。
「先ほどから泡立てていたそれ、放っておいていいんですの?」
「おっと、忘れてた。新作のケーキに添えようと思ったんだ。食べてくかい?」
 勿論、と力強く頷くユラに生クリームのボウルを手渡し、魔導式冷蔵庫からつやつやのチョコレートケーキを取り出す。
「今回は自信作なんだ。残りは包んでおくから、実験に協力してくれた子にも食べさせておやりよ」
 菓子店『オ・ルカ』夏の新作は、甘さを極限まで抑えたチョコレートケーキ。これなら砂糖菓子尽くしで甘い物が嫌いになりかけているだろう実験体の某氏でも、おいしく食べられることだろう。
「ふふ、新作を真っ先に味見できるなんて役得ですわね~」
 八等分に切り分けたケーキに緩く泡立てた生クリームを添え、薄荷の葉を飾る。チョコレートは南大陸からの輸入品なので、交易船が動いている夏の間しか味わえない、贅沢な一品だ。一昔前までは貴族しか食べられない高級品だったが、流通経路が確立され、ようやく庶民でも手が出せるようになった。
「北大陸でも栽培できれば、いつでもチョコレートが楽しめるのにねえ」
「熱帯の植物ですものね。以前、王宮の温室で実験したことがあるそうですけど、やはり難しかったようですわよ」
 ここは長き冬に閉じ込められた氷の大地。長すぎる冬と短い夏があるだけの、まさに極寒の地だ。だからこそ人々は、待望の夏を全力で謳歌する。
「ところでユラ、商品名はどうするんだい?」
 売り出すなら早めに告知を打った方がいい。何せ、流星祭は一月後に迫っているのだ。
「もう決めてありますの」
 にっこりと笑って、ユラは『塔』の面々で話し合ったというその名を口にした。
「その名もずばり、『星粒』ですわ」

* * * * *

 かくして、流星祭当日にお披露目された新商品『星粒』は、店頭から青鱗広場まで長蛇の列ができるほどの人気商品となった。
 商品を卸しにやってきたユラをはじめ『塔』の魔術士達までもが売り子にかり出され、その賑わいは『星粒』が完売する昼過ぎまで続くこととなる。
 瓶の封に『夕日が沈んだら食べ頃』と記した甲斐あって、昼日中から光り出すようなうっかり者はほとんど見かけなかった。
 そうして、待ちに待った夕暮れ時。一つ、また一つと、ザナヴェスカの街中に淡い光が灯る。
 夕闇の中、ほんわりと光りながらそぞろ歩く人々を目撃した『実験体』こと新米魔術士ハルは、
「一月の間、ひたすら光り続けた甲斐があった……」
 などと感慨深く呟きつつも、商品には決して手を出そうとしなかったという。


「あらハル君、こんなところに。ルカが一瓶だけ残しておいてくれましたのよ。お一ついかが?」
「もう光るのは勘弁っす!」
「あらあら、残念ですわ~」

甘い星粒・終わり


 同人誌収録予定のお話だったのですが、刊行の見通しが立たないので、先にweb公開しました!
 冒頭のSSは「Twitter300字SS 第十八回(お題:光)」に参加した時のものです。(SS「甘い星粒」は単独で、「でんたま」Spin Off Story:《極光王国奇譚》の方に入れてあります)
 五番街はでんたま世界「幻想世界ファーン」にあるので、馴染みのあるキャラクターをガンガン出せて楽しいです。
2020.02.06


[TOP] [HOME]