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あなたの傍に
『ねえ、あれが欲しいわ』
 小さな手が指し示す先には、光る粒が詰まった小瓶。なんでも《極光の魔女》の新商品らしい。
「こんなの買ってどうするつもりだ」
『これがあれば、夜でも傍にいられるじゃない』
 光の精は闇の中で存在することが出来ない。裏を返せば、光源さえあればいいわけだ。
「ずっと傍にいる気か」
『そうよ、いけない?』
 ぷんすか怒る彼女を宥めつつ、財布を取り出す。
「一つくれ」
「まいど! 後で感想を聞かせてくださいね、光の乙女」
 どうやら精霊が見えているらしい売り子の商魂逞しさに、思わず苦笑を漏らす。
「いっそ『光の精ご用達』と謳ったら売れるんじゃないか」
『ちょっとお! 私の素敵な思いつきを金儲けに使わないでよ!』



『こんなに早く光らなくなるなんて!」
 朝っぱらからご機嫌斜めな『光の乙女』に、やれやれと肩をすくめる。
「あの売り子が言ってただろ、星粒自体は三日くらいしか光らないって」
 買った当日は本物の星のようにキラキラ光っていた砂糖菓子も、丸二日経った今となっては息も絶え絶えだ。この調子なら、今晩には完全に光を失うだろう。
『そんなの聞いてないわ!』
「俺は聞いてたぞ。お前が聞く耳を持たなかっただけだろうが」
 光の精霊は陽気で無邪気、と言えば聞こえはいいが、こと彼女に関して言えば、浮かれやすく飽きっぽい。祭の日も、物珍しい菓子にはしゃいで、ろくに話を聞いていなかった、というのが正しい。
「いくら『塔』の魔術士が作った魔法菓子とはいえ、永遠に光らせるなんて無理だろうよ」
 魔術には詳しくないが、もしそんな効果を付与しようとするなら、子供の小遣いで買えるような値段ではとても売れないだろう、というのは分かる。
『また角灯に逆戻りなんてイヤよ!』
 彼女がこうもおかんむりなのには理由がある。
 精霊と契約するには、安定して存在できる『住処』が必要だ。大地の精霊なら宝石などの装飾品で事足りるから比較的簡単だが、火や光の精霊となると『住処』の維持が難しい。彼女の場合はこれまで角灯に住み着いていたが、油の消費が半端ない上、彼女曰く『油の匂いが染みついててイヤ」なのだそうだ。まったく選り好みが激しい精霊もいたものだ。
「それなら契約解除するか? フィーア」
『絶対イヤ!」
 子供のように駄々をこねて、光の乙女はぷい、とそっぽを向いたのだった。


 精霊術士というのは、とかく世知辛い生き物だ。魔術士同様、職業ではなく『持って生まれた体質』なので変えようがないところが、実に世知辛い。
 彼――流浪の精霊術士アゼルの場合は、物心ついた頃から六大精霊の姿が見え、声が聞こえ、触れることも出来た。精霊術士としてはかなりの資質だが、手放しで賞賛するのは些か早計と言えよう。
 考えてみて欲しい。精霊は自然現象に沿う存在だ。つまり、目を開ければ視界は精霊で埋め尽くされ、耳を澄まさずとも精霊の声がひっきりなしに聞こえてくる。
 アゼルの母曰く、赤ん坊の頃はとにかく泣き虫で癇癪持ちだったそうだが、それも精霊の存在に依るところが大きい。何せ彼らは総じて悪戯好きで、『見えている』と分かると途端にちょっかいをかけてくる。
 実のところ、幼少期に精霊と触れ合っていた者は多い。しかし、多くは年を重ねるにつれて精霊の存在を感じ取れなくなり、やがては忘れてしまう。
 逆を言えば、大人になっても忘れなかった者は、ほぼ例外なく精霊術士としての道を進むことになる。精霊を感じ取る能力を制御しないことには、まともに生活することすら困難だからだ。
 精霊術士は周辺に存在する精霊に頼み込んで力を借り、時に魔術さえ凌ぐような現象を引き起こすことも出来る。高位の精霊術士ともなれば、山火事をたちどころに鎮火したり、津波を打ち消したり、竜巻を起こして街一つ壊滅させることさえ可能だ。
 とはいえ、ようやく『駆け出し』から抜け出せた程度のアゼルに出来ることと言えば、風の精霊に頼んで洗濯物を乾かしてもらったり、火の精霊に頼んで焚き火を維持してもらったり、水の精霊に頼んで川の水の安全性を確かめたりすることくらいだ。
 中でも世話になっているのが契約精霊のフィーアだった。光の精霊である彼女がいれば、夜道や洞窟内でも安全に歩けるし、時には閃光を放って敵の目を眩ませてくれることもある。冒険者稼業に身をやつしている身としては、有り難いことこの上ない相棒だ。
 先ほどは「契約解除するか?」などと冗談めかして言ってみたものの、解除して困るのはアゼルの方だ。となれば、一刻も早く『星粒』に代わる住処を見つけなければならない。
 幸いにも、ここは魔法街ザナヴェスカ。普通の街では見かけないような品々を取り扱う店もたくさんある。探し回れば、彼女が気に入るような物が見つかるだろう。


「燃料がいらなくて、ずっと光り続けるもの?」
 魔道具店『アル・ルーナ』の店主は、自慢の顎髭をしごきながら笑ってみせた。
「太陽でも手に入れるつもりかね?」
「そんな大仰なものでなくていいんだ。何も世界中を照らしたいって言うわけじゃない」
 精霊の住処に求められるのは『精霊と同じ性質であること』、ただそれだけだ。大きさや価値は関係ない。例えば、大地の精霊なら極論、その辺で拾った小石でも構わないわけだ。
「魔法だって万能じゃない。光の魔法を付与した魔具もあるにはあるが、それだって魔晶石を動力源にしてるってだけだ。込められた魔力が尽きたらそれでおしまい。言っとくが、魔晶石は灯油以上に値が張るぞ」
 渋い顔で説明していた店主が、ふと目を瞬かせる。
「――そうか、角灯だ」
「だから角灯はイヤだと拗ねられたんだって……」
 違う違う、と手を振って、店主はほれ、と窓の向こうを指し示す。
 開け放たれた窓から見えるのは、雑然としたザナヴェスカの町並み。この辺りは魔法道具の専門店が軒を連ねており、どの店も店頭に看板と角灯を下げている。
「あれだよ。星屑角灯と言ってな、淡い光を放つ特殊な鉱石を使っているんだ。燃料もいらないし熱を発しないから、この町では街灯にも使われてる。あれなら打ってつけだと思わんかね」
 そういえば、この街では陽が落ちるとあちこちに青白い光が灯り、街を静かに照らしていた。てっきり魔法の光だと思っていたのだが、まさか角灯の光だったとは。
「ここで買えるのか?」
「いいや。『灯り屋』って店で取り扱ってるよ。多少値は張るが、手入れさえ欠かさなければ長持ちする。店主はちょっと気難しい男だが、俺の紹介だと言えば話くらいは聞いてくれるだろう。行ってみるといい」

* * * * *

 教えられた『灯り屋』は、何とも商売っ気のない店だった。狭い店内には窓がなく、壁は一面の戸棚で埋め尽くされている。
『ここ、本当にお店? 倉庫じゃなくて?』
 囁いてくるフィーアに、店の奥から野太い声が飛んできた。
「やかましいぞ、そこの精霊!」
 キャッ、と短い悲鳴を上げてアゼルの懐に飛び込むフィーア。見れば、奥の作業机で食事中だったらしい山人族の店主が、やってきた二人をぎろりと睨みつけていた。
「見ない顔だな。旅人か」
「そうだ。飯時にすまない。『アル・ルーナ』の店主から紹介されて来たんだが」
「ヤツめ、面倒な客はみんな俺に押しつけやがる」
 赤銅色の髪をわしわしと掻き、よいしょと立ち上がる店主。小柄だががっしりとした体躯、こんがりと日に焼けた肌。兜と鎧を着込めば屈強な戦士で通りそうな見てくれだが、分厚い前掛けを着込み、頑丈な革手袋と保護眼鏡を装着したその姿は、どこからどう見ても『鍛冶職人』だ。
「で、何が入り用だね」
 実に単刀直入な物言いだったが、駆け引きの類が苦手なアゼルにとってはむしろ好都合だ。
「精霊の住処用に、星屑角灯が欲しい。ここで取り扱っていると聞いてきたんだが、携帯できる大きさのものはあるだろうか」
 アゼルの言葉に、店主は面白そうに笑ってみせた。
「やたら勿体ぶって話す奴は好かんが、お前さんは話が簡潔でいい。ああ、あるぞ。むしろ街灯に使っている方が特注品でな、元々は狭い坑道で使うために開発されたものだ」
 ほら、と戸棚の一つを開けてみせれば、隙間から漏れてくる青白い光。
 棚にずらりと並べられた角灯が放つ光は、まるで月光のような、透き通った冷たさを感じる。
「旅人なら……そうさな、あの辺りがいいか」
 壁際に立てかけてあった脚立を取り出して、上の棚から比較的小さめのものを選び出す。
「これは坑道用の角灯を改良したやつだ。荷物に括り付けたり、野営時に枝に引っかけたり出来るように、取っ手が輪っかになってる。硝子部分を保護するために金属の枠組みが入ってるから、多少荒っぽい使い方でもそうそう壊れることはないだろう。その分光量が落ちるが、光の精霊がいるなら、そこは問題なかろう?」
『勿論ですとも! その分、私が光るもの!』
 アゼルの懐からにゅっと顔を出し、自信満々に宣言するフィーア。
『……って、やっぱり私の声が聞こえてるのね、山人さん』
「まあな。姿は見えんが、声は聞こえる。でないと、この商売はやってられんよ」
 ほれ、と角灯の硝子部分を指さす店主。通常の角灯ならそこに蝋燭なり油の芯なりが収められているが、この星屑角灯の中には青い鉱石が据え付けられていた。その石こそが、淡い光を放っているのだ。
『あらこれ、ラズロライトじゃないの』
 隠れても無意味と悟ったらしく、懐から出てきたフィーアが、驚きの声を上げる。
「さすがに分かるか。そう、これはラズロライト、別名を星屑石という。星の輝きが凝縮されたものだとか、空から降ってきた星そのものだとか、色々言われとるが、詳しいことは俺も知らん。ただこの石は光を溜め込む性質があってな。半日ほど陽に当てておけば、夜通し光り続けてくれる。街灯には打ってつけだ」
 これなら街中に吊しておくだけで、日中に光を取り込み、夕方になれば勝手に光り出してくれるわけだ。おかげで街の点灯夫は軒並み失業したが、代わりに星屑角灯の点検員として活躍しているそうだ。
「なるほど、便利なものだな。しかし、この街以外で見かけたことがないのはどうしてだ?」
 これだけ便利な代物なら、もっと広く一般に流通していてもおかしくないと思ったのだが、店主はチチチ、と指を振る。
「ラズロライトはこの辺りでしか採れない、希少な鉱石だ。しかも加工が難しくて、数が作れない。ここが鉱山の街だった頃は、他にも加工所があったんだが、今じゃうちだけだ」
 数年前、星屑角灯が街灯に採用されたことで、なんとか廃業の危機は脱したが、他に加工できる者がいないため、店主は日々、街灯の点検整備や作り替え、はたまた材料採掘に大わらわで、こういった個人向けの角灯を大量生産する暇もないわけだ。
「手入れは難しいのか?」
 加工が大変なら手入れも大変なのかと心配になったが、店主はいいや、と首を横に振った。
「ラズロライトは硬く、割れにくい。だからこそ加工が難しくて、職人泣かせなんだ。石そのものは、そうだな……竜に踏まれても大丈夫だ」
 竜が踏んでも壊れない。なるほど、説得力のある謳い文句だ。
「角灯部分は普通のものと変わらんから、石さえ無事ならいくらでも使い回せる。唯一の難点は、こちらの都合で消灯できないことだな」
 光を通さない金属製の覆いを取り付けることも出来るが、そうすると今度は日中、光を取り込む際にいちいち覆いを外さなければならないし、角灯自体が重くなってしまう。使い勝手を考えた結果が、現在の形なのだと店主は語る。
「まあ、光が必要ない時は、布を巻いて荷物の中にしまいこむといい」
『この子、融通が利かないもんねえ』
 淡く光る角灯を前に、小さく溜息をついてみせるフィーア。アゼルの目も、勿論その姿を捉えている。青白く輝く鉱石の中、猫のように丸くなってすやすやと寝息を立てている少女。そう、ラズロライトの精霊だ。
「共存できるのか?」
 嫉妬心の強い彼女のことだ、他の精霊が宿る物を寝床にするのは嫌だ、と駄々をこねるかと思いきや、フィーアはむしろ嬉しそうに頷いてみせた。
『この子はね、眠ってばかりで滅多に起きないの。私がこの角灯を住処にしたところで気づきもしないと思うわ。それに、私が宿れば日中に溜め込める光の量も増えるし、そのおかげで私は夜でも存在を保てる。両者にとって好都合なんだもの、きっとよい同居人になれるわ』
 フィーアの言葉に、なるほど、と手を叩く店主。
「つまり、星屑角灯に光の精霊を宿らせれば、よりよい街灯になるということだな?」
 ザナヴェスカは入り組んだ街ゆえに日が当たらない箇所もあり、場所によって街灯の輝きに差があるのだという。これが光の精霊によって解消されるならば、夜道が更に安全になるわけだ。
「どうかな、光の精霊は総じて気分屋だし、まずは話に乗ってくれる精霊を勧誘するところから始めないといけないんじゃないのか」
「なに、前例があれば説得しやすいだろうて。ほれ、光の乙女。さっさとここに宿ってみい」
「そうだな、まずは実際にどんな具合か検証してみないと」
 子供のように目を輝かせる男二人を前に、フィーアは呆れた、とばかりに腰に手を当てた。
『ちょっと! また私の思いつきを金儲けに使う気なの!?』
「今回ばかりはお前さんだけの思いつきじゃないだろうが」
「なんなら『精霊のお墨付き』と触れ回ってやるから」
『んもー!』
 そういうことじゃないのよ! と憤慨するフィーアを尻目に、ああだこうだと改良計画を練り始める男達。
 凝り性の職人と、精霊の話題には無条件で食いつく精霊術士。二人の会話はどんどんと白熱していって、拗ねたフィーアが角灯に潜り込んで不貞寝し始めたことにすら気づいていない。
 食材補給のために立ち寄るだけだったザナヴェスカ滞在は、思いのほか長引きそうだった。

あなたの傍に・終わり


 諸事情により刊行が延期になっております同人誌「《世界樹の街》の歩き方 ~五番街編~」の裏面、「垂れ耳エルフと世界樹の街 短編集 五番街」収録予定の掌編を、第9回Text-Revolutionsにて無料配布する予定だったのですが、台風接近に伴い開催中止となってしまいましたので、先にweb収録しました!
 冒頭のSSは「Twitter300字SS 第十八回(お題:光)」に参加した時のものです。このSSが、このお話の出発点でした。(SS「あなたの傍に」は単独で、「でんたま」Spin Off Story:《極光王国奇譚》の方に入れてあります)
 なお、同イベントにて頒布を予定していました300字SSポストカードラリー参加作品『残光』ともリンクするお話です。こちらも企画サイトさんのweb公開後にサイトアップいたしますのでお楽しみに♪
2019.10.12


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