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配達物:含み笑いの壺
 その荷物は、群を抜いて怪しげだった。

 見た目はごく普通の木箱だ。配送伝票には「骨董品(壺)」と書かれており、割れ物注意の札がベタベタと貼られている。
 問題は――。

 フフッ
 フフフ……
 フフフフフフフ……

「何なんですかこれー! ずーっと笑ってるんですけど!」
 配達員が遠巻きに見守る中、耐えきれなくなった一人が悲鳴を上げる。
 船便で送られてきた木箱は、船倉に積み込まれていた時からずっと笑い続けているらしい。しかも笑い袋のようにひたすら大笑いするのではなく、思い出したように笑うあたり、なんとも不気味だ。
「中身は壺なんでしょ? 壺が笑ってるのかな?」
「なんかそういう怪談あったような……」
「いや待て、伝票が正しいとは限らないだろ」
「実は小さいおじさんが入ってるとか?」
「やめてくれ。考えただけで恐ろしい」
 適当なことを言い出す仲間達に、げんなりと首を振ったのは、十二番街担当の配達員、《鴎》のオルトだ。
「……またあの骨董店宛か……」
 配送伝票に記されている宛先は、十二番街に店を構える『ユージーン骨董店』。店主のぐうたらエルフは店そっちのけで昼寝に精を出しており、店の営業札は「準備中」のまま扉に打ち付けられているという、まさに『開店休業中』もいいところの骨董店だが、手紙や荷物だけはひっきりなしに届く。そのたびにオルトは店の扉を蹴り飛ばし、「おっさーん!!」と叫ぶ羽目になるのだ。
「これを運ぶのか……」
 正直、箱に触れることすら躊躇われたが、荷物を届けるのが配達員の使命だ。まして局長直々に「船長からの報告では、笑ってるだけで特に何の害もなかったそうだから、そのまま届けて」と命じられては、届けるほかない。

 フフッ
 フフフフフ……

 なおも笑い続ける箱を慎重に取り上げ、配達鞄の奥底にしまい込む。その上から手紙類を入れて蓋を閉めてしまえば、さすがに声も聞こえないだろう。

 

フッフッフッフッ


「うわああ、こいつ音量上げやがった!」
「とっとと運んじまえ、オルト!」
「なんか呪われそう! 早く持ってって!」
「頑張ってねー」
 まったく、どいつもこいつも他人事だと思って言いたい放題だ。
「届けるついでに、店主に文句つけといて」
 局長の冷静な言葉にとどめを刺され、もうどうにでもなれ、と制帽を引っ被る。
「くそっ、なんでオレばっかりこんな目に!」
 かくして、使命に燃える配達員オルトは、怪しく笑う箱を抱えて大空へと飛び立ったのだった。


* * * * *

「おっさーん! おっさーん!!!」
「はいはい、どうしたの」
 珍しく一度で扉が開いたのは、呼び声が切羽詰まっていたせいか。

 フフッ

「……なんか、鞄が笑ってるけど」
「おっさん宛の荷物だよ!! 運んでる最中ずっと笑ってるんだよ! しかも絶妙なタイミングで笑うから何度か墜落しかけたんだぞ!」
 若干涙目になりつつ、それでも丁寧な手つきで箱を取り出すオルト。
「よく途中で放り出さなかったね」
「預った荷物を放り出すなんて配達員失格だろ」
 どんなに怪しげでも、いくら不気味であっても、それが正規の手続きを経て運ばれてきた荷物ならば、きちんと届ける。それがオルトの信条だ。
「律儀だよねえ、君」
 褒めているのかけなしているのか分からない感想を述べながら、店主は木箱に貼られた伝票を確認して「ああ」と頷いた。
「無事届いて良かった。繊細な荷物だからね、配送途中で壊れたらどうしようかとヒヤヒヤしてたんだ」
「……本当はこういうことを聞いちゃいけないんだが、配達に支障を来たしたからには聞く権利があると思うから聞くぞ。――中身は何だ!?」
「魔神が封印された壺」
 しれっと答えた店主は、いやーあはは、と頭を掻く。
「万が一割れたら魔神がはみ出ちゃうからさあ。送り主にはちゃんと封印して梱包するように言っておいたんだけど、ちょっと甘かったみたいだね」
 てきぱきと木箱を空け、中身を取り出す店主。何重にも巻かれた新聞紙を剥がすと、中から現れたのは、側面に眉と目と口が描かれた青い壺だった。

 フッフッフッ

 分厚い唇からは、なおも笑い声が漏れてくる。
「あー、封印が雑だったから、壺と一体化しちゃったんだねえ。これはこれで愛嬌があっていいかもしれないけど」
「いいわけあるか!」
 激しく脱力するオルトに、労るような視線を送ってくる壺。
「こっちを見るな」
 つぶらな瞳に見つめられて思わず目を逸らすオルトに、店主は苦笑いを浮かべつつ、壺を再び新聞紙で包んで箱に戻した。これで視線は通らない、とホッとしたのも束の間――。

 フゥ……

「溜息を吐くな! っていうかお前、周りの状況を理解してるんだな!? その上でずーっと笑ってたんだな!?」

 フフッ

「この野郎――!」
「まあまあ。悪い魔神じゃないんだよ、ちょっと笑い上戸で、笑い過ぎると魔法が暴走するんで封印されただけで」
「十分危険だろうが。っていうか、なんでおっさんのところはそういう曰く付きの骨董品ばっかり扱うんだ!」
「いやー、一度引き受けたら、次から次へと舞い込むようになっちゃってねえ」
 へらへらと笑ってみせる店主だが、笑い事ではない気がする。このままでは骨董店ではなく曰くつきの物品専門店になりかねない。
「頼むから、危険物は送らないように言っておいてくれ! 配達するこっちの身にもなれよ」
「そうだね。次からは、危ないのは自分で持ってくるように言っておくよ」
 どのみち持ち込まれることには変わりないのか、と肩を落としつつ、手紙の束をほら、と突き出す。
「こっちは手紙だ。一昨日と昨日の分もな」
「うん、ありがとう。ご苦労様」
 これで、居留守を使われて渡せなかった分もまとめて手渡せたので、晴れて任務完了だ。
「なあ、おっさん。いい加減、郵便受けを設置してくれよ。そうしたら手紙の類はそこに入れておくからさ」
 そうすればオルトも居留守と戦わずに済むのだが、このぐうたら店主はその手間さえ惜しむのだから困ったものだ。
「うん、まあ、そのうちね」
 今日もまたそんな言葉ではぐらかされ、やれやれと肩をすくめるオルト。
 もっとも、郵便受けを設置したところで、こまめに中を確認しなければ意味がない。結局のところ、あっという間に郵便受けが溢れて、手渡しせざるを得なくなるのが目に見えている。
「それじゃ、またな」
「うん。またね」
 ひらひらと手を振る店主に背を向けて、力強く地面を蹴る。厄介な配達は終わったものの、仕事はまだまだ残っているのだ。
「さて、次はラルゴさんのところ――」

 フッフッフッ

「うわああああああああ何でお前また鞄に入ってるんだよおおおおおおおお!」
「あー、気に入られちゃったんだねえ」

 フフッ


 ……かくして、目を離すと鞄に舞い戻ってくる壺入り魔神との攻防戦は、骨董店主が強固な封印用の札を仕入れるまで、およそ五日ほど続いたという。
終わり
 twitter300字SS「届く」用に書き始めたら、思いのほか長くなってしまったので、そのまま書き続けたら二千字を超えた代物です。
 「人形の眠りと目覚め」でちらっと触れた「これまで骨董店に届いた珍荷物」の一つ、「含み笑いを浮かべる壺」のお話。
 「含み笑いを浮かべる」どころか「笑い声が煩い壺」になってしまいましたが、この後きっちり封印されて、「時々こっちを見てフフッと含み笑いを浮かべる壺」になったところで、好事家に買われていった模様。
2021.05.05


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