《果ての塔》には何でもある。一生かかっても読み切れないほどの本、南の島の珍しい果実。王侯貴族しか使えない豪華な調度品。欲しいものはすべて揃えた。ここから逃げ出してしまわないように。
ただひとつ、存在しないもの。それは『他人』だ。
「わざとだよ、わざと」
当然だろう? と賢者は笑う。
「自分以外の存在が傍にいるなんて、かつての私には耐えられなかったんだ」
だからこそ一切を排除して、世界の果てに引きこもった。世界から隔絶された場所で、たった一人。欲しいものは何でも魔法で生み出せる。退屈なんかしないさ、と息巻いて。
『結局、人恋しくなったんだろう? だからこうやって、意味もなく連絡してくる』
鏡の向こうから響く冷ややかな声に、いやだなあ、と拗ねた声を出して。
「意味ならあるさ。君と話がしたかったんだ」
『生憎だが、こっちは忙しい。他を当たってくれ』
「つれないことを言うなよ。たまには老人の昔話に付き合ってくれたって良いだろう?」
『そんなに元気な老人がいるか。こっちは弟子が増えて忙しいんだ。じゃあな』
ぶつり、と魔法が切れる。向こうから切ることは出来なかったはずなのだが、いつの間にか『鏡を伏せる』という強制遮断方法を思いついてしまったらしい。これは困った。何か別の連絡手段を講じなくては。
「人恋しい、ねえ」
気づかないふりをしていた感情が、胸の奥底からぐんぐんと湧き上がってくる。
――ああ、きっとそうだ。私は、人が恋しい。
「今更、だけどね」
手放してこそ分かるものがある。切り捨てたからこそ気づけるものがある。
気づいてしまったからといって、それが叶うわけでもないけれど。
まあでも、開き直るくらいは出来るかもしれない。
「……というわけで新しい通信魔法を考えてみたんだ! 《月鏡》って言ってね、月の光を媒介して――」
『……さては暇だな?』
「あー! 待って! 窓を閉めないで!」