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とびきりの贈り物
 ああ困った。本当に困った。
 街はにわかに活気づき、あちこちから甘い香りが立ちこめているというのに、私の方針は未だに決まらないまま。このままでは何も用意できないまま当日を迎えてしまう。
「まだ悩んでるのかい?」
 呆れ顔のルカさんは、先ほどからシャカシャカと卵白を泡立て続けている。何でも今年はふくらし粉を使わないチョコレートケーキに挑戦しているらしい。五番街で菓子店『オ・ルカ』を営むルカさんのケーキは街区を超えて評判だというのに、いつだって新作レシピの研究に余念がない彼女は、本当に努力家だ。
「ルカさんは誰かに贈り物をしたりしないの?」
 ふと問いかければ、ルカさんは金色の瞳を細めて、カラカラと陽気な笑い声を上げた。
「アタシはこの通り、店に並べる菓子を作るので精一杯さ。なんせ、感謝節は新年祭に次ぐ書き入れ時だからね」
 三日後に控える『感謝節』は異国から伝わった風習で、この辺りでは『日頃お世話になっている人にちょっとした贈り物をする日』として定着している。家族や友達同士で菓子や花を贈り合うのが一般的だけど、一番盛り上がるのは『意中の相手への贈り物』だ。
 感謝節で定番の贈り物と言えば、やはり手作りのお菓子なのだが――相手が自分よりも料理が上手い場合は、どうしたらいいのだろうか。
「一体何を贈れば良いんだろう……」
「去年も一昨年も同じことを言って、結局ウチの菓子を買っていったろう?」
「そうなんだけど! 美味しかったって凄く喜ばれたけど! でも今年こそは自分で……と思ったんだけどなあ……」
 そう、この悩みは何も今年に限ったものではない。一番街郵便局に配属されて以来、つまり三年越しの懸案事項なのだ。
 職場の先輩で、新人の頃からお世話になっている人がいる。有能かつ面倒見が良くて、みんなから慕われている先輩。いつも忙しそうで、ろくに話す暇もないけれど、せめてこの機会に、日頃の感謝を込めて贈り物がしたい。したいのだが……。
「その先輩とやらは、そんなに料理が上手いのかい?」
「今すぐお店が開けるくらいにはね」
 本人は『一人暮らしが長いから、必然的に覚えただけ』と言うけれど、炊事洗濯掃除なんでもござれ、中でも料理に関しては、休日のたびにあちこちへ出かけて、新しい食材や調理法を研究しているくらい勉強熱心だ。
「でもまあ、その先輩が料理上手だからって、もらうものにケチつけたりしないだろう?」
「そりゃあ勿論、そんな人じゃないけど」
 しかし――先輩は、モテるのだ。
 本人にはあまり自覚がないみたいだし、そもそも贈り物は全部「感謝の印」だと思ってるみたいだけど、その中にどれだけ「本命」が含まれているのだろうか。
 しかも、きっちりお返しまでくれて、それがまた先輩お手製の美味しいお菓子だったりするものだから、毎年贈り物の数はうなぎ登りに増えていく。
 そんな人に渡すのだから、ありきたりなものでは埋もれてしまう。何か捻りが欲しいのだけれど、それが思いつかない。
「そんなに料理が上手い相手なら、一緒にケーキを作ろうって誘うのはどうだい?」
「……それ、すでにやった人がいる……」
 つい先日「自宅の厨房を提供するから、一緒にお菓子作りをしませんか?」と持ちかけた猛者がいたのだ。こっそり覗いてみたところ、いつの間にか生徒と味見役が増えて、最終的には料理教室(そして試食会)になっていた。提案者はそれも織り込み済で、全部ひっくるめて楽しんでいたみたいだけど。
「第一、私の腕じゃ、ケーキどころかクッキーを作るのが精一杯だし……」
 それだってよく焦がしてしまうのだ。どうにも私は短気すぎて、オーブンと上手く折り合いがつけられない。
「別にお菓子に拘る必要はないさ。相手が好きそうなものを贈ったっていいんだろう?」
 純白のメレンゲに湯煎したチョコレートを流し込みながら、ルカさんは笑う。
「料理好きなら、使い勝手の良さそうな調理器具とか、珍しい香辛料とか、変わった料理法が載ってる本とか、そういうのだってアリなんじゃないかい?」
 なるほど、その手があったか!
 ついつい慣習にとらわれてしまったけれど、贈り物の基本は「相手が喜ぶもの」だ。
「……ちなみにルカさん、そういうのが売ってそうな場所、知ってる?」
 そりゃもちろん、とルカさんは愛用の杓子を振ってみせる。
「六番街のガラクタ横丁に、ちょっと変わった素材の調理器具を扱ってる店があってね。ちょっと値は張るが、使い心地と耐久性にかけては、このルカ様のお墨付きだ。他にも珍しいものをたくさん取り扱ってるから、その先輩が気に入りそうなものもあるんじゃないかね」
 六番街は魔法や神秘の代わりに科学技術が発展した街だ。あそこならきっと、物知りな先輩すら見たことのないような、とびきりの贈り物が見つかるだろう。
「ありがとうルカさん! 私、行ってくる!」
「ああ、気をつけて。次に来たときは新作の味見をしていっておくれよ」


 感謝節前後、郵便局はにわかに忙しくなる。
 贈る相手が遠方にいる場合は小包にするしかないわけで、しかも日持ちしないようなものはギリギリに贈るしかない。というわけで、この時期の配達員は郵便鞄をパンパンにして、あちこちを飛び回っている。
 朝からバリバリ配達をこなしている先輩をいかにして捉まえるかが最大の難関だったので、第一便の配達から戻ってきたところにばったり出くわしたのは僥倖だった。
「先輩! オルト先輩!」
 廊下の端から声をかけて、一気に距離を詰める。
「ああ、おはよう。今日も元気だな」
 爽やかな笑顔が眩しいが、今は見とれている場合ではない。
「あのっ! これを!」
「え? えっと……なんだ、これ」
 先輩が困惑するのも無理はない。ずずいと差し出した包みは、形がゴツゴツしていて、見るからにいびつだ。何度もやり直したので、包装紙も大分よれてしまっている。
「えっと、感謝節なので、いつもお世話になっているお礼に手作りのお菓子を、と思ったんですけど! うまく出来なかったので、他に何か良い贈り物はないかなと探し回った結果、これになりました!」
 一気にまくし立て、半ば押しつけるように包みを渡す。戸惑いつつも「ありがとう」と受け取ってくれた先輩は、恐る恐る包装紙を剥がし――。

「わあ、なんだこの――皿?」

 流線型の白い形に青いライン。特徴的な赤い鼻。平らな部分には仕切りがついている。軽くて丈夫な素材で出来ているから、落としても割れることはない。

「あのですね、本当は使いやすい調理器具を探しに行ったんですけど、私そもそも料理をしないので、何が使いやすいのか分からなくて! それで、お店を色々見ていたら、これと目が合ってしまいまして」
 気づいたら買い求めていた。他にも色々と面白いものはあったのだが、もうこれ以外に考えられなくなってしまったのだ。
「すいません! 私には活用方法が思いつかないので、助けると思ってもらってください!」
 これでは贈り物なのか、それとも不要品を押しつけているのか分かったものではないが、それでも先輩は笑って、その『お子様ランチプレート』なるものを受け取ってくれた。
「ありがとな。面白い形だし、軽いのに丈夫で使い勝手が良さそうだ。これに何を載せたら映えるのか、考えるだけで楽しいよ」
 おっといけない、と皿を小脇に抱え、郵便鞄とは別の肩掛け鞄から小袋を取り出す。
「もらってばかりじゃ悪いからな。はい、お返しだ」
 小袋に入っていたのは砂糖衣のかかったカップケーキ。いつもは焼きっぱなしなのに、今回は装飾が凝っているから、きっとこれは例の『お料理教室』で作ったものだろう。
「今日のおやつにでもしてくれ。もっとも、食べる暇があるかどうかは分からないけどな」
 駆け込みで小包を出す人が多いので、配達員だけでなく窓口もてんてこ舞いだ。私も早く仕事に戻らないと。
「引き留めてしまってすみませんでした。私、窓口に戻りますので」
「ああ、オレももう一往復行ってくる。今日を過ぎれば少しは暇になるはずだから、お互い頑張ろうな」
「はい!」
 大丈夫、休憩時間にこのお菓子を食べられると思えば、どんなに忙しかろうと笑顔で乗り切れる。
「さあ、今日も一日、頑張るぞー!」
 
おわり
 先日、ツイッター上で「#うちの子の中から誰か一人にだけチョコレートをあげるなら」というハッシュタグを見つけたので投票機能を使ってお聞きしてみたところ、「みんなのお母さん」こと翼人の郵便配達員」オルト君がぶっちぎりだったので、記念に書いてみました。
 なお、この世界にホワイトデー(に相当する何か)はない模様なので、一月後にまた忙しくなる心配はありません(^_^;)
 「例の皿」は……なんかポンと脳裏に過ったので……。オルト君なら使いこなしてくれるはず!
 ちなみに、この「例のお皿」でお察しの方もいらっしゃるでしょうが、六番街は「ゆめみの町」の一区画。ちょっと不思議な現代日本です。
2020.02.15


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