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 世界樹の街・十二番街《黄昏通り》三番地。大樹に寄りかかるようにしてどうにか建っている小さな店こそが《ユージーン骨董店》だ。
 すっかり苔むして木と同化しつつある三角屋根。にょきっと突き出た煙突には、随分前から鳥の巣がかかっている。
「相変わらずだなあ、ここは」
 自慢の翼をあえて使わず、荷馬車に揺られること一時間あまり。ようやく辿り着いた目的地は、廃屋と間違われても仕方ない程度に寂れていた。
 初めて見た時からこの状態なので今更驚いたりはしないが、これで商売が成り立っているのかは甚だ疑わしい。
(そもそも、ここに客が入ってくところなんて、一度も見たことないんだよな)
 疑問は多々あるが、今は仕事中だ。余計なことを考えている暇はない。
 《黄昏通り》担当の配達員、《鴎》のオルトはすう、と大きく息を吸うと、お決まりの文句を投げつけた。
「配達でーす」
 返事がないのはいつものことなので、速やかに次なる行動へと移る。
「おいこら、おっさん!」
 『準備中』のまま釘で打ちつけられた札を無視して扉を蹴飛ばせば、奥から気の抜けた返事が響いてきた。
「今日は怠いから休みだよ~」
「うっせえ! 届け物だ!」
 扉の隙間からぬっと顔を出して、なあんだと呟いたのは、『くたびれた』という言葉がそのまま形になったような風体の男。適当に掻き集めて着たのだろう服はちぐはぐで、端正な顔は無精髭のせいでむさくるしいことこの上ない。唯一やる気が見えるのは、適当に括った金髪を掻き分けるようにして伸びる長い右耳くらいか。孤高の種族と名高い《古の森人(エルダーエルフ)》であるはずの彼は、いつだってこんな有様だ。
「まだ寝てたのかよ、おっさん。もう昼だぞ」
「あれえ、もうそんな時間?」
 ぼりぼりと頭を掻きながら呑気に答えた店主は、ふと目を見開いて「ところで」とオルトの背後を指差した。
「届け物って――その子?」
 途端に視線を彷徨わせ、ええとその、と指をつつき合わせるオルト。
「それがよお――」
(わたくし)は人形です。『その子』ではありません」
 玲瓏たる声でそう答えたのは、今朝方『取扱注意』指定でやってきた、れっきとした『届け物』だった。
 長くまっすぐな銀の髪。紫水晶の如き双眸。古風だが仕立ての良い服から伸びる手足は白く透き通って、『まるで陶磁器人形のような』という賛辞が実にしっくりくる少女。しかし、当人が「人形です」と主張するとなると、また話がややこしくなる。
「ええと……郵便屋さんっていつから生物(ナマモノ)まで配達するようになったの?」
 とぼけた質問は当て擦りなのか、それとも寝起きで頭が回っていないだけか。
「今も昔もしてねえよ! ったく、こいつのせいでえらい騒ぎになったんだからな」
 世界樹の街には日々、数多くの郵便物が届く。それらは一番街にある本局に集められて、そこから各地へ配達される仕組みだ。そして今朝、開門と同時に到着した第一便の荷馬車には、いつもの倍近い荷物が積み込まれていた。南国の果物が詰まった箱、古めかしい箪笥、巨大な絨毯や壁掛け。中でも異彩を放っていたのは、『壊れ物注意』『上積厳禁』『水濡厳禁』等、ありとあらゆる注意喚起の札が貼られた木箱だった。
 謎の威圧感を放つ『それ』を荷台から下ろそうとした係員が、緊張のあまり手を滑らせてしまったのが、すべての始まり。
 勢いよく放り出された木箱は地面に激突し、「いったあい!」という悲鳴を上げた。
 仰天した係員達が遠巻きに見つめる中、内側から弾け飛ぶように蓋が開き、出てきたのは――銀髪の美少女。
 当然のことながら、局内は上を下への大騒ぎとなった。

「……それで、こいつなんて言ったと思う?」
「私は人形です。れっきとした配達物です。そう申し上げました」
 つんと澄ました顔でオルトの台詞を横取りした自称『人形』は、呆然と佇む店主を認めて優雅に一礼してみせた。
「《ユージーン骨董店》店主、ユージーン・アル・ファルド様でいらっしゃいますか」
「そうだよ。君は?」
 のんびりと答える店主に、少女は首から下げていた荷札を外し、無言で差し出す。
「ええと、カルディアの街? ……ああ、君はヴォルフのところから来たのか」
 髭だらけの顎を掴み、店主はなるほどね、と頷いてみせた。
「心当たりあるのかよ、おっさん! オレはてっきり、誰かの悪戯なのかと……」
「何度もそう言いました。あなたが信じようとしなかっただけです」
 道すがら、散々「怪しい」「あり得ない」とぼやいていたのを根に持っているらしい。菫色の瞳でぎりりと睨まれて、いやあの、と羽根を震わせる。
「だってよお……怪しさ大爆発だろ?」
「そうだねえ。でもまあ、ヴォルフのやることだから、仕方ないかなあ」
 あっけらかんと笑う店主。何やら妙な納得の仕方をしているようだが、配達員としてこれだけは言っておかねばなるまい。
「おっさん、その送り主に言っといてくれよ。オレ達は生物(いきもの)の配達はやってない。人間を送るなら、ちゃんとした交通手段を使えって」
 こんな方法がまかり通ってしまったら、各種交通機関はおまんまの食い上げだ。下手したら営業妨害だと批難されかねないし、そもそも貨物便は生物を安全に運ぶことを想定していない。
「私は人形です。生物ではありません。故に規約には抵触しません」
 平坦な声で繰り返す彼女の腹から、「ぎゅるる」と奇妙な音が鳴り響く。
「……え?」
 それまで無表情だった顏にぱっと朱が差して、慌てたように腹を押さえる『人形』。
「最新型の『魔導人形』は食事を魔力変換して動力を得ているのです。ですからこれは動力の減少を知らせる警告音です」
 補給を要請します! と迫ってくる少女に肩をすくめて、店主は少しだけ身体を横にずらすと、この奇妙な客人を店内へと招き入れた。
「ようこそ《ユージーン骨董店》へ。……ああ、オルト君。君も良かったら寄っていけば? お茶くらい出すよ」
 予想外の言葉にぎょっと目を剥く。出会った頃に名乗った記憶はあるが、この男がその名を口にしたことなど、これまで一度もなかったのに。
「……まあ、ちょうど配達も一段落したところだし、呼ばれてやってもいいけどよ」
 照れくささを隠すように帽子を毟り取れば、店主はうんうんと頷いて、それは良かった、と手を打ち合わせた。
「ところでオルト君。お茶、淹れられる?」
 へ? と間の抜けた声を出したところに、たたみかけるような台詞が続く。
「僕、お茶を淹れるの下手でさ。というより料理全般苦手なんだけど。ところで、女の子って何を出したら喜んでくれるだろうね?」
「おっさん……端からそのつもりか!」
 そう食ってかかるも、のほほんとした笑顔は揺らがない。そして肝心の『人形』はと言えば、二人を置いてさっさと中へ入り、あまつさえ商談用の長椅子に陣取って、悲愴感漂う声音で「補給を要請します」を繰り返している。
(待てよ? カルディアって確か……)
 カルディアは北方の港町だ。世界樹の街までは、最速の荷馬車を使っても十日以上かかる。その間、彼女はどうやって『補給』を行っていたのか。
「……仕方ねえな。おっさん、台所はどこだ!」
 腕まくりをし、店主を押しのけるようにして扉をくぐる。訳が分からないことだらけだが、今はそれより『補給』をさせないといけない。それだけは飲み込めた。
 食える時に食う、が信条の翼人にとって、腹を減かしたひよっこは見過ごせない。そしてこの家主に任せたら恐らく、まともな食べ物は未来永劫出てこない。
「なんだよ、このきったねえ台所は! やかんはどこだ! 茶器は! このカビだらけのパンは捨てるぞ! ……おいおい、使える食材なんて全然ねえじゃねえか!」
 悲鳴じみた叫びが響き渡ること、約二十分。
 ぜいぜいと肩で息をするオルトの向かいで、およそ二人前の食事をぺろりと平らげた『人形』は幸せそうな吐息を零しながら、深々と頭を下げた。
「あなたは命の恩人です」
「よせやい。こんな在り合わせのもので、そこまで感謝されることはねえよ」
 決まりが悪そうにそっぽを向けば、優雅に茶器を傾けている店主と目が合った。
「いやー本当に美味しかったね」
 満足げに頷く店主をぎろりと睨みつけて、大体、とまくし立てる。
「茶でも出す、が聞いて呆れるぜ! 茶葉は封を開けたままほったらかし! 皿は洗い桶に突っ込まれたまま割れてるし、茶器は鍋と一緒に積んであるときた!」
 十二番街の配達担当になって一年。手紙や小包を届けに来たことは幾度もあったが、雑多な品が所狭しと陳列されている店内を見ても「まあ骨董品屋だし、こんなもんか」と思っていたし、多少埃が積もっていても見て見ぬふりをしていた。
 しかし、店の奥はと言えば、掃除をしていないだろう期間が軽く見積もっても年単位。そもそも掃除道具自体がどこにも見当たらないという酷い有様で、そこからあの短時間で必要な道具や食材を『発掘』することが出来たのは、もう奇跡としか言いようがない。
「しかも、まともな食材が芋と小麦粉くらいしかないって、どんだけいい加減な生活送ってんだよ!」
 口から火を噴く勢いのオルトに、店主はにこにこと笑ったまま、しー、と人差し指を立てる。
「?」
 ちょいちょい、と指し示された方向に目をやれば、いつの間にやら長椅子に伏した少女が、すーすーと幸せそうな寝息を立てていた。
「こいつ……!」
「疲れてたんだろうね。足も伸ばせないような窮屈な木箱に押し込められて、長い間荷馬車に揺られてたんだろう? こんな細っこい体で、よく長旅に耐えたよね」
 そうだ。先程は『警告音』騒ぎでうやむやになってしまったが、そもそも彼女は一体何者なのか。なぜ駅馬車などを使わず、わざわざ『荷物』としてやってきたのか。
「なあ、こいつの送り主って、おっさんの知り合いなんだろ?」
 少女を起こさぬよう声を潜めて問いかければ、店主は小さく頷いてみせた。
「古い友人だよ。腕のいい魔導技士でね、カルディアの街に工房を構えているんだ。最後に会ったのはつい二十年くらい前の話かな」
 さらっと言われたので聞き流しそうになったが、二十年を「つい」と言ってのけるその時間感覚は、さすが《古の森人》である。
「これだから長命種は……」
 世界樹の街には多種多様な種族が集まっているが、中でも群を抜いて長命なのが彼ら――《古の森人(エルダーエルフ)》と呼ばれる美形揃いの一族だ。その寿命は人間の五倍以上、オルト達《翼人》と比較すると十倍以上にもなる。
「僕は一族の中でも若い方なんだけどなあ」
 苦笑を漏らしつつ、応接机の上に積まれた新聞紙の山に手を伸ばす店主。途端に雪崩を起こして床に散らばったそれらからお目当てのものを見つけ出し、どれどれと広げてみせる。
「オルト君、これ読んだ?」
 唐突に尋ねられて、怪訝な顔で新聞を覗き込むオルト。今日の朝刊かと思えば、それはなんと半月も前のもので、見開きを使って大きく取り上げられているのは『カルディアの領主が急死! 泥沼の後継者争い!』という特集記事だった。
「あんたもこういうの読むのか。意外だな」
「普段はあまり読まないんだけどね。ヴォルフは領主と仲が良かったから、気になって目を通しただけ」
 記事は複雑な『お家事情』を根掘り葉掘り書き立てている。曰く、領主は亡き前妻との間に娘を一人もうけているが、彼女は生まれつき体が弱く、人前にはほとんど姿を現さない。一方、後添えの妻には連れ子が二人おり、彼らの方が娘よりも年上だが、どちらも絵に書いたようなろくでなしである――。
「要するに、誰を後継者にするのか明言しないまま領主が急死したもんだから、その三人で争ってるってことだろ? よくあるお家騒動じゃないか」
「そう言わず、ここを見て」
 指し示された箇所には、泥沼の後継者争いを繰り広げているとされる三人が似顔絵つきで紹介されていた。筋骨隆々の長男、小太りの次男。そして『妖精のような』と評された娘の容姿は――。
「……銀髪に菫色の瞳?」
 紙上で微笑む可憐な美少女と、目の前でぐーすか寝こけている自称『人形』。絵面だけ見るとまるで別人だが、この手の似顔絵は誇張して描かれるものだから、顔立ちに関しては信用ならない。しかし、銀髪も菫色の瞳も、どちらも極めて稀な色合いだ。それが合致しているとなると、同一人物である可能性は非常に高いのではないか。
「おい、おっさん……どういうことだよ?」
 詰め寄るオルトに、しかし店主は穏やかな笑みを浮かべたまま「さあ?」と小首を傾げる。
「さあ、じゃねえ! 何となく想像ついてるんだろ。白状しやがれ!」
 掴みかからんばかりの勢いに、わあ怖い、と慄いてみせる店主。そしてひょいと肩をすくめると、とんでもないことを言ってのけた。
「ヴォルフの専門は『魔導人形』だ。二十年前に試作段階のものを見せてもらったけど、一目見ただけじゃ普通の人間と見分けがつかないくらいだった。だから――彼女が『最新型』だと言ったのも、あながち嘘じゃないかもしれないよ」
「馬鹿言え、いくらなんだって――」
 あり得ないとは言い切れず、黙り込むオルト。そんな彼を横目に、店主は例えば、と声を潜める。
「本当の娘はすでに亡くなっていて、彼女は代わりに作られた人形なのかもしれない。あるいは、ヴォルフが妙な人体実験をして、娘を人形に変えてしまったのかもしれない。それとも――」
 どんどん青ざめていくオルトに気づいて、店主はごめんごめん、と手を振った。
「勝手な想像は良くないね。何もかも、彼女に直接聞けばいいことだ」
 ずずず、と茶をすする店主。その緊張感のなさに脱力して、オルトは長椅子の端にどっかりと座り込むと、大きな溜息を吐いた。
「何でもいいけどよ、受け取った以上はちゃんと面倒見てやれよな」
「あれ? 僕、まだ受け取りの署名してないよね」
 しまった。確かにその通りだ。そして署名をもらうべき荷札は、先程少女が彼に差し出して――。
「あれえ、どこに行っちゃったかな?」
 わざとらしく声を上げ、きょろきょろと辺りを見回す店主。
「おっさん……わざとだろ」
 わなわなと拳を震わせるオルトだが、店主は気づいていないふりをして、いやあ困ったなあ、と腕を組む。
「署名がないとオルト君も困るよね。最後まで見届けるのが郵便屋さんの仕事だもんね。……ところで夕飯は何を作ってくれるのかなあ?」
「それが目的か! さらりとオレを巻き込むな!」
「ちなみに僕は貝とニンジンが苦手です」
「聞いてねえ!」
 賑やかなやり取りは午後の鐘が鳴り響くまで続き、根負けしたオルトが折れる形で決着を見た。
「荷札が見つかるまでだからな!」
 このままでは午後の配達に遅れてしまう。帽子を被る時間も惜しく、足早に店を後にするオルト。灰色の翼が揺れる背中を、呑気な声が追いかける。
「お仕事がんばってー。早く帰って来てね~」
 熱い声援も、今は空腹を訴える雛鳥の囀りにしか聞こえない。
「ちっくしょおおおおお!」
 切なさを胸に、蒼穹へと舞い上がる。自慢の翼を力強く羽ばたかせれば、街並みはあっという間に遠ざかり、心地の良い風が頬を撫でていく。
 今日の風は随分と塩辛い、そんな気がした。


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