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はじめてのお給料・2
「よーし、全部乾いたな!」
 はたはたと軽やかな音を立てて翻る洗濯物を仰ぎ見て、満足げな様子で腕を組む。朝から裏庭で大洗濯大会を繰り広げていたオルトだったが、初夏を思わせる日差しと風に助けられ、あとは端から取り込んで畳むだけとなっていた。
 真っ先に洗った敷布や毛布といった大物はすでに片付いており、残っているのは台所の手拭き類と、あとはユージーンの衣類だけだ。
「それにしても、ほんとバラバラだよなあ」
 いつも適当な服を着ているユージーンは意外と衣装持ちで、しかし驚くほどに統一性がない。大きさや色合い、形さえ、これといった共通点が見当たらず、中には見たことのない素材や意匠のものも混じっている。聞けば彼は自分で服を買ったことがないそうで、となるとこれらは見かねた周囲が寄こしたものなのだろう。
 どの服をどの季節に着るのかすら判別がつかなかったので、とりあえず種類別に分けてたたんでいると、不意に裏口の扉がばたんと開いて、菫色のつむじ風――もとい、菫色のドレスに身を包んだ少女が飛び出してきた。
「オルト! 今度のお休みはいつですか!」
「何だなんだ、藪から棒に!」
 飛びつかんばかりの勢いに目を白黒させつつ、たたみ終えた洗濯物だけは何とか死守しながら、とにかく少女を落ち着かせようと肩を掴む。
「ええい落ち着け! 順番に話せ!」
「どこか、ここではないところへ連れて行ってほしいのです!」
「駆け落ちの相談なら他をあたれ」
 違うのですー、と手足をバタバタさせる少女。抗議しているつもりなのだろうが、それでは幼児が駄々をこねているようにしか見えない。
「ほかの街を案内してあげてほしいんだよ」
 少女の背後から苦笑交じりの声が飛んできて、ようやく『駄々』の意図を理解する。
「実は、彼女にお給料を渡すのを忘れててね。さっきまとめて渡したんだ」
 裏口の扉からひょい、と顔を出した店主は、悪びれもせずにそう言ってのけると、「だからお願い」と言わんばかりに両手を合わせてみせる。
「というわけで、お出かけがしたいのです!」
 興奮冷めやらぬ様子で、ずばり要点だけを述べる少女。これは話が長くなりそうだな、と判断したオルトは、やれやれと肩をすくめると、たたみ終えた衣類をどさっと押し付けた。
「話は洗濯物を片付けてからだ。ほら、おっさんも手伝えよ」
「ええー」
「文句言うな! 誰の洗濯物だと思ってるんだ!」


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