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継ぎ接ぎの空・3
 一番街は今日も快晴だ。雲一つない青空を飛ぶのは実に気持ちが良くて、ついつい速度を上げてしまう。
「次の休みもこのくらい晴れるといいな」
 うっかり七連勤にしてしまい、あちこちから文句を言われた挙句、局長からも「働き過ぎ」と釘を刺されたが、それもあと二日の辛抱だ。
 広大な一番街を横切り、真っ直ぐに世界樹を目指す。そこにあるはずなのに辿り着けない世界樹。一番街の彼方に見えているのは、実は十二番街にある世界樹なのだという噂もある。
 町並みが途切れ、海が見えてくる頃合いになって、ぐっと空気の密度が増した。これこそが『継ぎ接ぎの空』と言われる所以。空を往く者だけが知る『空の境界』――継ぎ接ぎの『縫い目』部分だ。
 街区によっては境界に気づく間もなく、一瞬で通り抜けられるところもあるが、一番街と十二番街の境界を抜けるには少し時間がかかる。しかも周囲が常に霞がかっているため、うっかりすると平衡感覚を失ってしまう。そうなる前に全速力で通り抜けてしまうのがオルトのやり方だ。
(ん? いつもより空気が重い……? なんか嫌な予感が……)
 そんなことを考えつつ境界を越えれば、目の前に広がっていたのは黒々とした雨雲だった。
「うわっ! 雨か!」 
 大慌てで急降下し、地上へと降り立つ。門前広場の石畳はまだ濡れていない部分があったが、すぐに大粒の雨に塗り潰されていった。
「くそっ、雨具を持ってくるんだった!」
 配達鞄を胸に抱きかかえ、濡れた歩道をひた走る。
 雨は苦手だ。空を翔けることが出来ないから配達効率はダダ下がりだし、大通り以外は舗装されていないから、道がぬかるんで非常に歩きづらい。
(そういやそろそろ長雨の季節か。うっかりしてたな)
 濡れた靴の不快感から気を逸らしつつ、走り続けること数分。やっとのことで目的地が見えてきた。
 世界樹の根元に佇む、苔むした三角屋根の骨董店。いつもなら看板娘が店先を掃いている頃合いだが、今日は窓も扉もしっかりと閉ざされている。
 この天気だ、今日は店を開ける気などないのかもしれない。そう考えて、合鍵を取り出そうと上着のポケットに手を突っ込んだ瞬間、扉が勢いよく開いた。
「うおっ!?」
「ああ、オルト! 大変なのです!」」
 砲弾のように飛び出て来た看板娘は、オルトの姿を認めるや否や、その手をがしっと掴んで店内に引きずり込もうとする。またぞろ鍋でも焦がしたのかと思ったが、少女の顔色がいつも以上に青ざめていることに気づいて、これは非常事態だと悟った。
「どうした、何があった?」
「いいから早く! こっちです!」
 訳も分からず引っ張っていかれたのは骨董店の裏庭で、その片隅には店主お気に入りのハンモックがしっとりと濡れていた。
 ここ数日は看板娘に店番を任せ、このハンモックで午睡を楽しんでいることが多い店主だが、まさかこんな天気では――。

「おい……何やってんだコイツは」

 そこには、降りしきる雨の中、たっぷりと水の溜まったハンモックで静かに眠る、骨董店主ユージーンの姿があった。


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