雨の日の昼寝は格別だ。
静かな雨音、水溜りを叩く雫のリズム。ハンモックを揺らす風が眠りを誘う。
ちゃぷちゃぷと耳元で揺れる水音がこれまた――ん? 水音?
「……ージーン! ユージーン! しっかりしてください!」
「素手じゃ無理だ、どいてろ!」
躊躇なく振り下ろされた刃が、木に結びつけられた縄を一刀両断する。
支えを失って垂れ下がるハンモックから、大量の水と共に地面へと流れ出た店主は、その衝撃でようやく目を覚ました。
「あれ……?」
深緑の瞳をパチパチと瞬かせ、泣き顔で飛びついてくる少女と、険しい顔で立ち尽くす配達員を交互に見やり、そしておもむろに口を開く。
「えっと……、おはよう……?」
「おはようじゃねえ!」
やれやれ、と大きな溜息をつき、小刀をしまうオルト。一方、リリル・マリルは服が汚れることなどお構いなしに、店主の首っ玉にすがりついてしゃくり上げている。
「驚かさないでください! もう、目覚めてくれないのかと……!」
「こいつが血相変えて飛び出てくるから何かと思えば……。何が『ここなら雨が降っても大丈夫』だ、思いっきり水が溜まってたじゃないか」
見上げれば、さっきまで薄曇りだったはずの空は分厚い雲に覆われており、世界樹の枝葉で守られているはずの裏庭もすっかり雨に濡れている。ちょっと寝転がるだけのつもりが、うっかり眠ってしまったようだ。
そういえば、浅い夢の中で雨音を聞いた。あれは現実だったのか、と納得していると、呆れ顔のオルトに「ハンモックで溺れかけるやつを初めて見たよ」とぼやかれた。
別に溺れていたわけじゃないんだけど、と言いかけて、オルトの手が震えていることに気づく。
彼は戦士ではない。咄嗟の判断で振るった小刀は、あくまで護身用のものだろう。
「もう、嫌なのです! 目の前で、大切な人を失うのは、もう二度と……!」
しがみついたまま、誰にともなく呟く少女。濡れた服をぎゅっと掴む小さな手もまた、小刻みに震えている。
二人に心配をかけた。その事実をようやく認めて、ああ、と息を吐く。
帆布の撥水性を見くびっていたとか、自分は多少水に浸かろうが問題ないとか、言うべきことはたくさんある気がしたけれど、ここはひとまず――。
「ごめん」
「二度とごめんだからな!」
「まったくなのです!」
綺麗に重なった二人の声は、怒ってはいるが、とても暖かい。
誰かに心配される人生なんて、想像だにしていなかったけれど。いざ経験してみると、なんとも面映いものだ。
「ほら、風邪引く前にさっさと店に戻るぞ」
「はいっ! ユージーン、行きましょう」
伸ばされた手。握りしめてくる手。二人の手をそっと握り返して、よいしょと立ち上がる。
「長く生きてると、思いがけないことが起こるものだね」
しみじみと漏らした言葉は、雨音に紛れて二人の耳には届かなかったようだ。