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ゴーシュと呼ばれた人
「おっさんはどうしたんだよ」
「市場に行きましたよ」
小包みを置くといつもの配達人は広場で開催されているマルシェに顔を出してみた。怪しげな小瓶並べて折りたたみ椅子に腰かけ、垂れ耳エルフの男が転寝していた。
「変わらないなあ…もう」
苦笑して彼は去って行った。


「もーし、骨董屋の旦那さん、起きてくださいな」
年老いた女性が声をかけている。
「んあーーー」
苦笑してもう一度、彼女は声をかけた。
「おや、ゴーシュの奥さん」
「いやあねえ、うちの人はユーリと言うのよー」
「そっか、あだ名だったねえ、失敬失敬」
「そりゃあ、あの人のチェロはめちゃくちゃ下手くそだったけど、あなたまでそう呼ぶなんて」
「ははは。あの曲だけはうまかったねえ」
「奇跡の日にはね」
「ウィスキーでも切れたかい」
「思い出買いに来たのよ」
「あーそれなら…結婚記念日とか、プロポーズの日とか…」
「残念、そこじゃないわ」
「あー、妊娠してた時に娘さんがあんたの腹初めて蹴った日」
「あたり。よく覚えているわねえ」
「あいつははしゃぎまわってそこら中跳ねまわってたからなあ」
「恥ずかしい人よね」
「そら、これだよ。ゆっくりと味わうといい。記念日モノは安いんだけど…」
「高くてもいいのよ、ごく普通の日がいいの」
「あいよ、毎度あり」
「じゃあね、ウィスキー買わないと。あの人のチェロのためにも」
「こいつのじゃ間に合わないのか、マギー」
「今日の分がないのよ」
「そっかー…またね」
若かったマギーをエルフは覚えている。かわいい女の子だった。楽器が趣味の小さな手芸店の主人と恋をして結婚した。楽器は趣味だがこの近辺ではへたくそで有名だった。が、優しい穏やかな男だった。急な病で亡くなり、未亡人となったマギーは時々マルシェに出店すると思い出の小瓶を買っていく。蓋を開けると一日しか持たない魔法の小瓶だが、彼女だけが好んで買ってくれる。人によってはこの小瓶はつらいものになる。けれどもエルフは作り続ける。蓋をあけて一日たてばなんてことはないウィスキーに変わるのだが、そのウィスキーもマギーは飲めないくせしてオンザロックにしてチェロの横に置くのだ。その姿を想像しながら、またエルフは転寝を開始する。市場の賑わいはあと小一時間ほどで終わるだろう。

「まーた寝てるよ、このおっさんはしょーがないなー」
人の良い翼人の配達人と看板娘が市場の出店を片付け始めていた。二人は折り畳み椅子のエルフを寝かせたまま、骨董店に戻って行ってしまった。
「まあまあ、起こした方がいいのかしらねぇ…」
ウィスキーの瓶と料理屋の出店から求めたお弁当が入った買い物籠をマギーは抱えていた。
「んあーいい匂いだ」
寝言じみた言葉に苦笑する。
「もうすぐ夜になりますよ、骨董屋さん」
けれどもエルフは目覚めそうもなかった。


    セロ弾きのゴーシュ・さだまさし作詩・作曲からのイメージ。。。



 つんたさんが、さだまさしさんの名曲「セロ弾きのゴーシュ」からのイメージで、うちのユージーン(&オルト&お人形ちゃん)を登場させた小説を書いてくださいました~(^o^)
 歌詞の「オン・ザ・ロック用のお酒がきれたので市場へ行こうと思うの ねェ想い出も売っているといいのに」というところで、うちのぐうたらエルフが市場で『思い出の小瓶』を売っているイメージが浮かんだそうで……! ありがとうございます!
 サイト転載OKを頂きましたので、飾らせていただきます! つんたさん、本当にありがとうございました……!!



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