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「おっさーん! 手紙だぞ!」
 気合を入れて声を張り上げれば、間髪入れずに扉が開く。それだけでもびっくりなのに、現れた店主は更に驚きの行動に出た。王に謁見する騎士の如く、優雅に膝をついたのだ。
「何やってんだよ!?」
「見てここ。絡まっちゃってさ、取れなくて困ってたんだ」
 ほら、と示したのは左耳の辺り。適当に括られた枯草色の髪が絡まって、まるで鳥の巣のようだ。
 助けて! と涙目で訴えられ、仕方なく髪と格闘すること数分。ようやく左耳が見えるところまで辿り着いて、ほっと胸を撫で下ろす。
「よし、これで――」
 最後の一房を解き終えたところで、はっと息を呑む。髪に隠れて見えなかった左耳は、半ばからぺたんと折れ、下を向いていた。
「ありがとう、助かったよ……って、どうかした?」
 首を傾げる店主。その拍子に髪が揺れて、左耳を覆い隠す。
「いや、なんでもない」
 それはきっと、触れてはいけない過去だ。無闇に首を突っ込んでいいものではない。
 気まずさを隠すように帽子を被り直し、じゃあなと踵を返す。
「まったねー」
 呑気に手を振る店主は、いつもと変わらない。いつもと、何一つ――。
「って、おい! 手紙だっつってんだろ!」
「あー、ごめんごめん」


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