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季節の変わり目
「ちわーっす。具合はどう?」
 ひょいと顔を覗かせた同僚に、鼻水をすする音で応える。
「まだ無理っぽいね。もうしばらく配達代わるよ」
「悪いなジャック。お前だって忙しいのに」
「大丈夫。ボクは十二番街の生まれだから、地図も頭に入ってるし」
 風邪で寝込んだオルトを見かねて配達を代わってくれた《燕》のジャックは、鞄から取り出した果実をほい、と放り投げた。
「わ、なんだよ」
「《垂れ耳》のおじさんから。お見舞いだってさ」
 十二番街の住人は、親しみを込めて彼をそう呼ぶ。誰が、いつからそう呼び始めたのかは分からない。
 《古の森人》――それはエルフ族の中でもずば抜けて長命な一族だという。それならば、明らかに「おっさん」である彼は一体いくつなのか。……空恐ろしくなって、考えるのを止めた。
「もう林檎が出回ってるのか」
「十二番街はそろそろ冬だからね」
 《世界樹の街》は寄せ集めの街。場所ごとに天候も季節も違う。それを忘れて薄着のまま配達をしていたからこそ、うっかり風邪を引いたのだ。
「剥いてやろうか?」
「いや、このままでいいよ」
 寝巻の裾で擦ってから、がぶりと齧りつく。
 久しぶりに食べた林檎の甘酸っぱさは、弱った体にやさしく染みた。


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