[TOP] [HOME]



 一番街を出た時は秋風が吹いていたはずなのに、やってきた十二番街は雪景色だった。
「うへえ、まじかよ」
 雪の中では自慢の翼が使えない。仕方ないと腹を括り、一歩踏み出したその瞬間、呑気な声が飛んで来た。
「あれえ、今日も配達?」
 ばったり出くわしたその人こそ、今まさに向かおうとしていた配達先――ユージーン骨董店のぐうたら店主だったから驚きだ。
「おっさん、店の外に出ることなんてあるんだな」
「ひどいなあ、僕だって買い出しに出ることくらいあるよ。そろそろ冬籠りをしないといけないからね」
 長い耳を押さえながら、冗談とも本気ともつかないことを言ってのける男。枯草色の髪を掻き分けて伸びる右耳は痛々しいほどに赤く、そして反対の耳はと言えば、半ばからぺたんと折れている。
 《垂れ耳エルフ》のユージーン。その左耳の理由を、誰も知らない。聞けばあっさり教えてくれそうな気もするが、わざわざ聞く必要もないだろう。そう思っている。
「その耳、寒そうだな」
 思ったことを率直に口にしたら、そうなんだよお、と盛大に嘆かれた。
「フードを被ると引っ掛かって邪魔だし、帽子を被ると圧迫されて痛いんだよねえ」
 折れた耳をよいしょと伸ばしてから、毛皮の帽子を被ってみせる男。
「その耳、伸ばせるのかよ!?」
「え? なんで? 伸ばせるよ?」
「古傷かなにかで、戻らないのかと、思って……」
「まっさかー。まあ、折れ癖がついちゃってるから、伸ばしてもすぐ戻っちゃうけどね」
 何でもないことのように答えられてしまっては、深刻に考えていた自分が馬鹿みたいじゃないか。
「いやー、そんな風に思われてたのかあ」
 まんざらでもなさそうな顔で照れてみせる男は、相変わらずのほほんと――掴みどころのない笑みを浮かべている。
「まさか、横向きに寝てたら癖がついちゃった、とかそんなオチじゃないよな」
「あれーよく分かったね」
 いやははは、と笑う男に、どっと疲れた表情で手を振るオルト。
「おっさんの冗談は笑えねえ」
 ほらよ、と郵便物を押しつけ、くるりと踵を返す。
「店まで配達に行く手間が省けて良かったぜ。確かに渡したからな!」
「うん。ご苦労様。十二番街はしばらく雪だから、空便はお休みした方がいいと思うよ」
「局長に言っとく。じゃあな。また――春になったら」
「うん。またね」
 嫌味を込めたつもりが、男はやけに嬉しそうな顔をして、力強く頷いた。
「次に会う時までに、玄関の扉を直しておくよ」
「そりゃ助かる」
垂れ耳エルフと世界樹の街 ~Prequel~・おわり


[TOP] [HOME]