……分かりますよ。ええ、分かります。
憎たらしいほど晴れ渡ったお日様の下、たまってた洗濯物をばーっと干したくなる気持ちは分かります。
屋上の洗濯物干し場はほぼウチの貸し切りだから、いくら干したって大丈夫なのも知ってます。
――だからといって、朝の5時から洗濯機フル回転で、家中の布ものを全部洗っちゃうことはないと思うんですよ。ええ。
「ごめーん!!」
ぱん、と手を合わせて拝まれても、残念ながら俺に神通力の類はないわけで、無い袖は振れないどころか、今着ているパジャマ代わりのよれよれTシャツから着替えられるものすら、一枚もないこの状況。
洗濯物をため込んでた俺が悪い、わけじゃない。
なぜなら俺は昨日もちゃんと洗濯当番をきっちりこなし、ついでにしまい損ねていた冬物衣料を分類して圧縮パックに詰め込――もうとしたところで、パックに穴が開いているのを発見して、仕方なく衣装ケースに突っ込んだ。そこまではケイさんも見ていたはずだ。
問題は、当座の収納場所を確保するために衣装ケースから出し、更に置き場がなくて仕方なくダイニングの隅に積んでおいた『洗濯済みの夏物衣料』を、ケイさんが汚れ物だと勘違いして丸々洗ってしまったところにある。
紛らわしい置き方をした俺が悪い、のかもしれないけど、まさか朝っぱらからケイさんが洗濯の素晴らしさに目覚めるなんて想像だにしなかったわけで――。
ああ、せめて昨日、ゲームに夢中で夜更かしなんぞしなければ! いつも通りの時間に起きられていたならば、屋上に洗濯物の万国旗を作ろうなどというケイさんの作戦は簡単に阻止できたのに……!!
……いや、よそう。起きてしまったことを悔やんでも仕方ない。それよりも、これからのことを考えなければ。
「ちなみに、俺はあと30分でバイトに行かなきゃならんわけですが」
「うん。私も」
自分の夏物衣料も全部洗い尽くし、さあ着替えようというところでようやく事態の深刻さに気付いて「どうしよー!?」と叫ぶケイさんの声に叩き起こされた俺には、もう打つ手はないわけで。
いくら灼熱の太陽でも、あの大量の洗濯物を30分でからっからにしてくれるはずもなく。
仕方ない。気は進まないがTシャツにアイロンでもかけるか――と立ち上がりかけた、その瞬間。
「あっ! そうだ、あれがあるよ、あれ!」
パンと手を叩いたケイさんの顔は、まるで宝物を見つけた子供のようにきらきらと輝いていて。
「ちょっと待っててね」
パタパタと自分の部屋に消えて行ったケイさんが、あーでもないこーでもないと部屋をとっちらかす音に耳を澄ませること、約10分。
「あったあったー!」
満面の笑みで持ってきたのは、「I NY」と書かれたTシャツ。
「ほらほら、これ! 従姉のお姉ちゃんが送ってくれたNY土産なんだけど、これなら大きいからめぐみクンも着られるよ!」
……確かに、アメリカンサイズのMサイズなら俺でも着られます。着られます、が。
「あー良かった♪ これでバイトに行けるよー」
一枚を俺に投げ、もう一枚をいそいそと着るケイさん。ああ、そっちはSサイズなんですかちょうど良かったですね――じゃなくて!!
「ペアルック!?」
いかにも大量生産のお土産です! と言わんばかりのTシャツもどうかと思うが、それ以前にペアルック……大学生にもなってペアルック……。
「うん、お揃い―♪」
無邪気に笑うケイさんの顔を見ていると、一人焦っているのがバカバカしくなってくる。
そう、パジャマでバイトに行くよりはよほどましだ。同じところでバイトをしているわけじゃないし、誰に見せびらかすわけでもないんだから大丈夫!
「いやー、下のものまで全部洗濯しちゃなわないで良かったねー」
「下まで履くものがなかったら、バイトは休みます。通報されたくありません」
「表通りくらいまでなら出られるんじゃない?」
「たった20歩で人生を棒に振る気はありません」
意を決してTシャツをかぶり、膝の抜けたジーンズを履いて、準備完了!
よし、これでさっさと電車にさえ乗ってしまえば、知ってる奴らに見られる確率は格段に減る。バイト中はエプロンをするから問題なし! なんだ、どうにかなるじゃないか。
「じゃ、行こっか!」
「へ?」
「今日は電車で行くから、駅まで一緒だね♪」
るんるんと跳ね出しそうなケイさんに、一緒に行くのは嫌だと言えるはずもなく。
かくして、最寄駅までの8分間が、人生最大の苦行と化したことは、言うまでもない。
「おっ、お二人さん、ペアルックとは暑いねヒューヒュー♪」
「やかましい!!」