3.幕間の町
「やっぱ疲れてたんだな」
 隣の寝台から聞こえてきた寝息に、思わず笑みを浮かべるラーン。口では疲れていないと言い張っていたが、半日以上も歩き通しだったのだから、体力の限界が来ていることは明らかだ。
「明日の朝は筋肉痛で悲鳴を上げること確定でしょうね。朝食の前に二人で宿の周りを走ってきたらどうですか?」
「お前は走らないのかよ」
「私は頭脳労働担当ですから、そういう肉体労働はお任せします」
 しれっと答えながら、市場で買い求めた薬草類を小袋に入れては背負い袋の奥にしまい込んでいくリファ。手際よく仕分ける様子を横目に、寝転がったままのラーンは隣の寝台に視線を送った。
 壁に張りつくようにして眠るエルク。赤ん坊のように手足を丸めて眠っていると、実年齢よりも大分幼く見える。
「よくついて来たよな。旅慣れてないのに、文句ひとつ言わないで歩いてたもんな」
「本格的に疲れが出始めるのは、まだ先ですよ。今は気を張っていますからね。頑張りすぎると逆に体を壊しますから、適度に休憩を入れながら進みましょうね」
「ああ。分かってる。荷物も半分くらい俺の方に入れさせたから、少しは楽になるだろ」
 おやおや、と楽しそうに微笑むリファ。
「いいところを見せたいのは分かりますが、あなたも無理しないでくださいよ? エルクが倒れたところであなたが背負えばいいことですが、あなたが倒れたら私とエルクの二人がかりでも運べないんですからね」
 自分が倒れることはまったく想定していない辺りが、いかにもリファらしい。
「分かってるよ」
 投げやりに答えつつ、ごろりと寝返りを打つ。さっきまでの眠気はどこへやら、話をしているうちにすっかり目が冴えてしまった。
「……あの連中、一体何を探してるんだろうな」
「十四年前の赤ん坊、ではないことは確かですね」
 奇妙な光、と聞いてあからさまに安堵の表情を浮かべていたエルク。自分が狙われているかもしれないという事実は、まだ十四歳のエルクには重荷でしかない。
「奇妙な光って、何だと思う?」
「ぱっと思いつくのは精霊か、もしくは魔法の類ですが……。奇妙な光というだけではあまりにも漠然としていて、絞り込むのは難しいですね」
「だよなあ。ま、エルクを狙ってるわけじゃなさそうだって分かっただけ、良かったかな」
「ひとまず安心、といった程度ですけどね。エルクも自分が狙われているという可能性を否定できないからこそ、我々について来たのですから。根拠もなく大丈夫と請け負ったところで、いきなり信じられる訳もありません」
 薬草を整理し終えて、机の上を片付けるリファ。と、背後からかすかに聞こえてきた呻き声に、おや、と眉をひそめる。
「……うなされてるな」
「ですねえ……」
 起こさないよう慎重に寝台へと腰かけて、そっと手を伸ばす。毛布を巻き込むように丸くなった小さな背中をよしよし、と撫でれば、あどけない頬を涙の粒が流れていった。
「急に親元を離れたんです。やはり寂しいのでしょう」
 恐らく本人も気づいていない寂しさや心細さが、涙となって溢れ出したのだろう。誰しも一度は経験することだから、ラーンも笑ったりせず、しみじみと呟いた。
「生まれて初めての旅だもんな。無理ないさ」
「気丈な子ですからね、私達の前で弱音は吐かないでしょう」
 涙の跡をそっと拭ってやると、くすぐったそうに身じろぎする。ふふ、と声にならない笑いが唇から洩れて、ラーンとリファもそっと笑みをこぼした。
「さっき泣いた烏がもう笑ってら」
「切り替えが早いのはいいことです。さて、私も休ませていただきますが……くれぐれも、寝台を飛び越えてこっちに転がってこないでくださいね?」
 真顔で心配されて、そんな器用なことができるか! と小声でぼやくラーンなのだった。