「庭園」没原稿 その1


 眩しかった。
 なんだか知らないが、気づいたら急に、眩しい場所に立っていた。
(ここ、どこだ?)
 至極もっともな疑問が脳裏を掠めたが、何故だかすぐに、どうでもいいことのように思えて、それを頭の隅に追いやる。
 それよりも、この眩しさはどうにかならないのだろうか。
 そう考えた途端に、ぐんと光が和らいで、それまで眩しくて見えなかった光景が目に飛び込んできた。
(どっかの庭か?)
 新緑の木々に囲まれた、そこは広大な庭園だった。やわらかな日差しに晒されて、大理石の女神像が芝の上に蒼い影を落とす。
 絵に描いたような、昼下がりの庭園。しかし、何かがおかしい。妙に、心にひっかかるものがある。
 その違和感がどうにももどかしくて、よくよく辺りを見回す。綺麗に刈り込まれた潅木、咲き誇る花々、その合間に置かれた巨大な椅子や机――?
(そうか、でかいんだ!)
 目に見えるすべてが、普段の二割増しくらい大きくなっている。そう、まるで自分の方が縮んでしまったように――。
「なんだ、これ」
 唇から漏れた声が、奇妙に高い。
 はっとして手を見つめる。それも、やけに小さくて頼りない。
「……なんだ、これ!?」
 慌てて全身を見回し、ますます頭がこんがらがる。今は冬のはずだ、なのになぜ半袖で寒くないのか。
 いや問題はそこじゃない。半袖の上着から覗く腕。それは傷ひとつない、すべすべとした子供の――。
「戻ってる……?」
 ふと、近くに水盤があることに気づき、慌てて水面を覗き込む。
 そこに映っていたのは、漆黒の髪に黒曜石の瞳、負けん気の強そうな少年の顔。年の頃はそう、十歳かそこらだろうか。ぼさぼさの髪とこざっぱりした服がどうにも不釣合いだったが、その格好には覚えがあった。ごく短い間だけ袖を通したことのあるそれは、神学生の制服だ。
「……夢だな」
 思わず断言してしまって、それで随分とすっきりした。
 そうだ、これはきっと夢だ。そうでなければ、この不条理さは説明できない。
 と、不意に背後から賑やかな声が聞こえてきて、おや、と振り返る。
 すぐ後ろに、蔓薔薇で出来た門があった。さっきはこんなものなかった、と思う間もなく、その向こうからひょっこりと赤毛の少年が姿を現す。
「あっ、いたいた!」
「エスタス!?」
 彼もまた十歳前後に縮んでしまっているが、鮮やかな赤毛とキラキラした瞳は変わっていない。
「ああ、こんなところにいたんですねえ? 探しましたよー」
 その隣からぬっと顔を出したのは、やはり小さくなったカイト。そばかすの浮いた顔には、なんと眼鏡がない。それでも神官衣はそのままで、その不均衡さがなんとも可笑しかった。
 この二人が出てきたということは、もしや……と目を凝らすと、彼らの後ろ、大きな噴水に隠れるようにして、褐色の肌の少女がこちらを窺っている。
「みつかった」
 鮮やかな彩色の外套に、髪に挿した鳥の羽。何よりその言動で、間違いない。アイシャだ。
「おい、ここって――」
「ほら、あっちに行きましょうよ。おチビちゃんが待ってますよ」
 俺の言葉を遮って、小さなカイトがぐい、と手を引っ張ってくる。
「チビって、あいつもここにいんのか?」
「当たり前でしょう? ほらほら!」
その2へ続く

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