「庭園」没原稿 その3


「うわ……」
 その光景に、思わず立ち尽くす。ひらひらと舞い降りてくる、赤や黄色の葉。すぐそこではつむじ風が枯葉を舞い上げて、まるで円舞を踊っているようだ。
「春、夏ときて、今度は秋の庭ってことか?」
 庭というよりは、そこはまるで森のようだった。そんな見事に色づいた木々の間をすり抜けるようにして、少女はまだ走り続けている。
「おい、どこへ行く気だ――!?」
 色鮮やかな落ち葉の絨毯の向こうに、小さな東屋が見えた。少女は一目散に、その東屋へと――正確には、そこで待ち構えていた人間の腕の中へと――飛び込んでいく。
「じぃじっ!」
「ああ、おいで!」
 張りのある声で少女を出迎えた人物は、見覚えのある黒装束に身を包んでいた。
 やってきた少女を軽々と抱き上げ、その髪を優しく撫でる。そして、その琥珀色の瞳をこちらへ向けると、男はそれはもう楽しそうに笑ってみせる。
「どうした、小僧? そんなところで突っ立って」
「なんで……あんた」
「なんで、と言われても困るな。私もまさか、こんな格好で登場させられるとは思っていなくてね」
 出会った頃よりも更に若い。長剣を佩き、黒革の胸鎧をつけた年の頃三十ほどの神官戦士は照れくさそうに、短く刈り込まれた髪に手をやった。
「どうだ、男前だろう?」
「言ってろよ、くそじじい。しょーもない格好しやがって、何の真似だ?」
「何を言うか。私は若い頃、修行の旅と称してあちこちを遊び歩いてな……」
 自分で「遊び歩いて」と言う辺りが、いかにも彼らしい。
「あのなあ……」
 呆れて物も言えない。そう言いたげな息子に、男はにやり、と笑ってみせた。
「それはそうと、―――を見なかったか? 一緒に来ているはずなんだがな」
 はっきりと口にされたはずの言葉が、何故か耳に届かない。
「は? 今なんて言った?」
「だから、―――だよ。ああ、きっとあの門の向こうにいるだろうから、探してきてくれ。この子は私が見ているから」
「らう、いってらっしゃい♪」
 男の腕の中でにこにこと手を振る少女。何のことやらさっぱり分からず、それでも何故か逆らいがたいその言葉に、渋々ながら東屋を離れる。
 落ち葉を踏みしめ、男が指し示した方向に歩いていくと、木々の間にどん、と鉄製の門が建っていた。
「ここまで堂々としてると、何も言えないな」
 門の向こうは何故か真っ白で、何も見えない。
 念のために後ろに回ってみようかと思って、やめた。どうせ夢なのだ、常識を求めたところでどうしようもない。
「ちくしょう、行きゃいいんだろう、行きゃ!」
 気合一発、門へと飛び込む。途端に足元をとられて、ひっくり返りそうになった。

その4へ続く

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