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『三月姫の誕生会がしたいの!』
 そう駄々をこねて周囲を困らせたのは、確か五歳の誕生日直前のことだった。

 それは、十二人のお姫様がそれぞれの生まれ月に誕生会を行うという御伽噺。季節ごとに趣向を凝らし、夏の夜空に花火を打ち上げ、冬は氷の宮殿で晩餐会。そして私が所望した『三月姫の誕生会』は、春の花々が咲き誇る庭園での園遊会だった。
「お花のドレスを着てね、頭に花冠をのせて、お庭で踊るのよ!」
 絵本を抱えて熱く語る私に、乳母が困ったように首を振ったのを、今でも覚えている。
「姫様、お外をごらんください」
 振り返った窓の外は、一面の銀世界。
 ――そう、ここは冬の国。大陸の果て、長き冬に閉じ込められた氷の大地。私が生まれ、やがては治めることになるだろうこの国では、四季という概念すら失われている。この国にあるのは長すぎる冬と短い夏。それだけだ。
「花が咲くのは、まだまだ先のことでございます」
「どうして? 三月姫のお城ではお花が咲いているのに!」
 私はまだ幼かった。御伽噺と現実の区別がついていないだけでなく、世界には様々な国があって、場所によって気候が異なるということを知らなかったのだ。
 私が生まれた三の月は『夢見月』とも呼ばれる。春を夢見て眠る月。暖かい日差しが届くようになるには、あと二月以上待たねばならない。
 どうして、なんで、を繰り返して駄々をこねる私に、乳母も父上も、最終的には城中の人間が困り果てて、そのたびに根気よく教えてくれたが、どんなに正当な理由を重ねられようと、私の『花に囲まれた誕生会がやりたい』という願望がおさまることはなかった。

 結局のところ、迎えた五歳の誕生日には花柄のドレスが用意され、大広間はたくさんの造花で飾られて、ケーキには花の形に絞ったクリームが飾り付けられていた。
 皆が知恵を絞って、私の願いを叶えようと努力してくれたことが、今ならよく分かる。それでも、物語に出てきた『誕生会』には程遠いもので、五歳になった私はもやもやした気持ちを抱えたまま誕生日を過ごしたのだった。


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