◇ >> |
蔓薔薇の密談 |
だって、ねえ? 酷いと思わない? そんな噂を鵜呑みにして、あっさり身を引くなんて 第一、あたしが貴族のお坊ちゃんなんかと結婚するわけないじゃないの まー、確かにな それでもね、いつかは帰って来るって、信じてたの だから意地でも、あの人を待とうと思ったわ ほかにいい男も見つからなかったしね なるほど もしかしたら、どこかでのたれ死んでるのかもしれない でも、そうしたらあの人のことだもの 最後に一目、とか言って、会いに来るに決まってる そうしたら盛大に文句を言ってやるのにって意気込んでたら、こっちが先に死んじゃってさ ちゃんと未練を残さずに、行くつもりだったのよ? それなのにあの人ったら、帰ってくるんだもの!! だからつい、戻ってきちゃったのよね ……おいおい、そう簡単に言ってくれるなよ あら、ごめんなさい でもさあ、せっかく吹っ切ろうとしたところにのこのこ帰ってきて、しかも一人で悲劇の主人公みたいな顔してさ、腹が立つじゃないの!! ……まあな 墓参りに来ても、ちっとも気づいてくれないし。 そりゃあ無理ってモンだ。死者の声は、生者には届かない。俺たちみたいな人間を除けばな そうよねえ、おいそれと死者の声が聞こえちゃったら、かえって面倒だろうし でも、あっちの声は筒抜けなのよ? しかも、どんなに離れていても聞こえてくるんだもの 聞いてるこっちが辛くて、余計に還れなくなった せめて、この声が聞こえたなら あたしの歌が、あの人に届いたなら…… ……それが、あんたの未練だな そう あんなに歌い続けたのに、肝心のあの人には届かなかった こんなに歌い続けているのに、悲しむあの人に届かない せめて、最後に一度 あの歌を…… おいおい、泣くなって! ったく、参ったな…… ごめんなさい、みっともない顔してるわね、あたし ようやく話を聞いてくれる人がいたから、嬉しくって 何か、すっきりしちゃった これ以上あなたに迷惑かけるわけにも行かないし、もう行くわね 待てよ ……え? 要するに、あのおっさんに歌が届けばいいんだな? ええ、せめて一曲だけでも あの人の前で歌うことが出来たなら……! 「……仕方ねえな」 |
完 |
◇ >> |