7 再会
「カリーナ!」
 悪鬼もかくやという形相でやってきた父に、カリーナは蕩けるような笑みを向けた。
「なあに、父さん」
「お前っ……お前はっ……どうしたら、そこから出てきてくれるんだ」
 レオーナの忠告が効いたのか、それとも娘の笑顔に怒りを削がれたのか、静かに問いかける村長に、カリーナもまた落ち着き払ってこう答える。
「父さんが私達の結婚を認めてくれるなら、すぐにでも」
 その言葉に、はあと息を吐く村長。
「……お前は、どうしてもヒューと結婚がしたいと言うんだな」
「そうよ。この人とじゃなきゃ嫌なの」
 お互い、この十日間で何度も繰り返した台詞が、怒りが過ぎ去ったあとの心にずっしりと響く。娘を案ずる父の気持ちも、思いを貫こうとする娘の願いも、痛いほどに。
「――そうか」
 噛み締めるようにそう答えて、村長は窓辺に寄り添って立つヒューへと向き直った。
「ヒュー。こんなわがままで気の強い娘と、添い遂げる覚悟はあるか」
 抗議の声が横から飛んできたが、聞こえないふりをして返答を待つ。
「はい」
 迷いなく答えるヒュー。覚悟を決めた瞳をしかと見つめ、分かった、と頷けば、カリーナが目を見開いて叫んだ。
「父さん!?」
「だから、分かったと言っただろう。まったく、お前は言い出したら聞かないんだからな」
「ありがとう! 父さん、大好きよ!」
 窓から身を乗り出し、父の首に抱きつくカリーナ。よろめきつつその体を抱きしめて、やれやれと苦笑を漏らす。
「母さんがいたら何と言うかな」
 感慨深く呟いた父に、カリーナは自信満々に答えた。
「そんなの、『ほら見なさい、意地を張るからこじれるのよ』って言うに決まってるわ」
 往年の母そっくりに言ってのけた娘に、そうだなと苦笑を漏らす。そして首に抱きついたままのカリーナを苦心して窓から引っ張り出せば、傍らのヒューがさり気なく手を出して支えてくれた。そんな如才ないところが腹立たしくて、つい声を荒げる。
「ヒュー!」
「はい?」
 目を瞬かせるヒューにカリーナを押しつけるようにして預け、びし、と指を突きつける村長。
「いいか二人とも、三日後の夏祭で、村の連中にちゃんと報告するんだぞ!」
「ええっ!?」
 呆然とする二人の様子に少しだけ溜飲を下げ、そして村長はくるりと踵を返した。
「積もる話もあるだろうが、夕飯までには帰ってきなさい。いいな!」
 返事を待たずに去っていく村長の後姿を見送って、どちらからともなく手を繋ぐ。
「夕飯までには帰って来いって。気を利かせたつもりなのよ、あれで」
「嬉しい気遣いじゃないですか。それじゃあまず、ご迷惑をおかけした人達に謝りに行きますか」
「そうね、まずは鐘つき堂の神官さんかしら。十日も追い出しちゃって、悪いことしたわ」
 そんなことを喋りながら、歩き出す二人。
 他愛もない会話が、一年間の空白をあっという間に埋めていく。
 見上げれば、抜けるような青い空。
 あの日と同じ空の下、二人並んで歩くこの道が、どこに続いているのかは分からないけれど。
 どこまでも歩いて行こうと、そう心に決めた。