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第二章[4] |
「やれやれ、陛下のお祭り好きにも困ったものだ」 王城の廊下を歩きつつ、苦笑を浮かべて呟くハルマンは、隣を歩くドゥルガーが先ほどから強張った表情を浮かべていることに気づいて、おやと眉をひそめる。 「どうかしたかね? 副神殿長」 そう尋ねられて、ドゥルガーはしばし黙していたが、とうとう口を開く。 「あの男は! 神殿長や国王が思われているような人間ではありません!」 普段の彼からは想像も出来ない激昂ぶりに、思わず目を丸くするハルマン。一方、ドゥルガーは堪えていたものを全て吐き出すかのように、言葉を続ける。 「あの男……ラウル=エバストはただのゴロツキです。本神殿長が気まぐれに貧民街で拾ってきた浮浪児です! それが、竜の卵を拾った? それを狙う影の神殿を壊滅させた? そんなこと、偶然に決まっています。あんな輩がユークの加護を受けているというだけで腹立たしいものを、それを……」 感情のままに喋り続けるドゥルガーを、ハルマンは冷めた目で見つめている。そんなことに気づく余裕もなく、ドゥルガーは尚も激情を募らせる。 「神殿長はお気づきになられなかったかもしれませんが、女遊びにうつつを抜かし、そればかりかその足で神殿へやってくるような男ですぞ。そんな輩のために宴を開くだなんて、馬鹿げている。即刻止めさせるべきです。そして、あの不良し――」 「ドゥルガー」 穏やかな、しかし力のこもった声にドゥルガーは口を閉ざす。そうして見上げたハルマンの顔には、哀れむような色が漂っていた。 「彼を罵倒すればするほど、君の魂は影へと引き摺られていく。他人をとやかく言う前に、まず己が何をすべきかを考えたまえ」 冷たく響く言葉に立ちつくすドゥルガー。ハルマンはそんな彼に先に戻ると言い残し、一人廊下の向こうへと消えていく。 「私は……!」 ただ一人、拳を握り締めて廊下に立つドゥルガー。通りかかる兵士や侍女も、彼のことなど気にも止めずに行き過ぎて行く。急に決まった宴の準備で、いまや城内は上へ下への大騒ぎだ。瑣末事に気をとられている暇はないのである。 (くそっ……!) こんなところで立っていても仕方がない。踵を返したその先に、忌々しい顔が待っていた。 「よお」 「なっ……!」 片手を上げてこちらを見ているのは、その「不良神官」ラウル=エバスト本人に他ならない。先ほど近衛兵に案内されてどこか控えの部屋へ向かったはずなのに、なぜここにいるのか。 「よかった、ここにいたか。頼みがあるんだ」 動揺を隠せないドゥルガーの様子に気づいているのかいないのか、ラウルは軽い調子で言ってのける。 「頼み、だと?」 「ああ。街の宿屋に連れを待たせてるんだ、悪いんだけど今日は城に泊めてもらうことになったからって伝えてもらえないか? 正門近くにある『幻獣の尻尾亭』なん――」 「ふざけるな! なぜ私がお前の使い走りなど!」 凄まじい剣幕のドゥルガーに、ラウルは涼しい顔で続ける。 「最初はここの兵士に頼もうとしたんだが、今そこで分神殿長とすれ違ってな。そのことを言ったら、あんたに頼めって言われたんだよ」 神殿長からのご指名なんだ、光栄だろ? と茶化すラウルに、ドゥルガーは怒りのこもった目でラウルを睨みつけたが、ふい、と視線を逸らして歩き出す。 「おーい、頼んだぜ? せ・ん・ぱ・い」 「うるさい!」 なにが先輩だ、人を馬鹿にするにもほどがある。大体、連れだなどと言って、どうせその辺で引っ掛けた女かなにかなのだろう。そんな下賎な者のために何故自分が動かなければならないのか。 肩を怒らせながら廊下を突き進むドゥルガーは、いつしか人気の少ない一角へと足を踏み入れていた。 迷ったわけではない。このローレングに来て三年、神殿長の使いとして城を訪れることも多く、城内にはかなり詳しくなっている。 いつしか無意識に足音を消して歩く彼に、廊下の陰から声がかかった。 「……どうした。遅かったではないか」 一瞬身を震わせたものの、声の主が誰かを悟ってすぐに平静を取り戻し、ドゥルガーは素早く壁際に身を寄せる。そして改めて辺りに人の姿がないことを確認し、ようやく口を開いた。 「申し訳ありません。予定外の仕事を言いつかりまして……」 「ああ、例の神官とやらが参ったそうだな。しかし、こんな日をわざわざ選んでやって来るとはな」 どこか楽しげな声色に眉をひそめるドゥルガー。 「なに、むしろ喜ぶべき、というところか」 そう呟いて、声はドゥルガーに囁きかける。その言葉を聞き終えた時、彼の顔には歪んだ笑みが浮かべられていた。 「――どうだ?」 「……なるほど……私などには到底思いつきませんでした。流石は――」 「誰か来る」 言葉を素早く遮り、声の主は廊下の彼方を示す。何やら大荷物を持った侍従達がこちらへ向かってきているのを見て、ドゥルガーはそっと壁から背を離した。 「……では、全ては定められた通りに」 「ああ。月夜に、乾杯だ」 ばさり、と外套を翻して闇へと消えていく人影。それを見送って、ドゥルガーもまた何事もなかったかのように廊下を歩き出す。 途中、大きな箱を抱えた侍従達とすれ違ったが、彼らは見慣れた彼の姿に軽く会釈をすると、そのまま廊下の先へと消えて行った。 |
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