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 それは、深々と雪の降り積む冬の日のこと――。

「……何しにきおった」
 突然の訪問者に、老人は訝しげに顔を上げた。
「なんだよ、俺がここに来るのがそんなに珍しいか」
 むっとして切り返してくる黒髪の青年。彼の来訪が突然なのはいつものことだが、今日はどうも様子が違う。何より、一人ではないという辺りが怪しい。
「お邪魔しまーす。うわあ、また本が増えてませんか?」
「埃っぽい」
「わっ、やめろ、こっちに飛ばすなっ」
 相も変わらず賑やかな面々をじろりと見回し、最後に彼らをここまで案内してきた孫娘に、これは一体どうしたことかと目で問いかける。しかし、エリナは妙にはしゃいだ様子で、
「あらやだ、ラウルさんたら頭に雪が積もってますよ。今、拭く物持ってきますね」
 などと言ってぱたぱたと走り去ってしまい、書斎には妙な沈黙が漂った。
「えっと……体調はいかがですが、ゲルク様」
 気遣わしげに尋ねてくる赤毛の剣士に、ふんと鼻を鳴らして、老人は狭い書斎に集った面々をじろりと見回した。
「何を企んでおる」
 この面子が、ただ「最近顔を見ていないから心配で」などといって尋ねてくるわけがない。必ず裏があるに決まっている。
 そして案の定、黒髪の青年はにやり、と意地の悪い笑みを浮かべたのだった。
「察しがいいな、じーさん。今日は何の日だか知ってるか?」
「今日……?」
 問われて机の上の暦に目を走らせれば、何故かそこには今日の日付に丸がつけられていた。自分でつけた覚えがないのだから、恐らくエリナ辺りがやったのだろうが……。
「12の月、24日じゃな。それがどうした?」
 尋ねると、ラウルは澄ました顔で、それがな、と続ける。
「ついこないだ、カイトから異国の風習を教えてもらったんだ」
「そうなんですよゲルク様。遠い国では、今日の夜、つまり24日の夜に聖者が街を回って子供達に贈り物をする風習があるんだそう――」
 心得たもので、エスタスが長くなりそうな説明をばしっと手で遮る。更にもごもご言っているカイトを横目に、老人はむむっと眉根を寄せた。
「それが、どうしたんじゃ」
「その話をしたら、子供らが喜んじまってな。だから、あいつらの願いを叶えてやろうと思ってさ」
 どういうことだ、と尋ねようとして、バンッという音に遮られる。
「はーい!! それじゃこれ着てねっ。おじいちゃまっ!!」
 満面の笑顔で抱えていたものを差し出してくる孫娘に、老人は久方ぶりに『怖気づく』という感情を思い起こしていた。
「エ、エリナ……、お前もか!?」
「そうよぉ〜? だってほら、この間、寸法を測らせてもらったでしょ?」
 そう言えば、半月ほど前に「服を作るから測らせて♪」などと言われて、「おお、そうかそうか」などと快く採寸に応じてしまった。あれが「コレ」だったとは……!
「さ、観念してこれ着て、俺たちと一緒に村中回ってもらうからな!!」
 はーっはっは、と悪役のような笑い声を上げるラウル。その顔には「俺が味わった屈辱を思い知るがいい」とはっきり書かれている。
 夏祭と秋祭にど派手な衣装で人前に立たされた恨み(秋祭りは未遂で終わったが)を、未だ引き摺っていたとは……。
「小僧め……、老い先短い年寄りを笑いものにして楽しいか!?」
「ああ楽しい! とっても楽しい!」
 きっぱり言い切ってから、こほんと一つ咳払いをして、ラウルはぽりぽりと頬を掻いた。
「ま、本音はそれだが、ガキどもが本気で楽しみにしてるんだよ。あのチビまで一緒になって、お礼の焼き菓子焼いたりしてたからな。そこまで期待されちゃ、叶えてやりたくなるだろ?」
「そうですよゲルク様。ちゃんと私達もお供しますから、子どもたちのためだと思って」
「ここはひとつ、耐えてください」
「大丈夫。きっと、似合う」
 励ましにも慰めにもなっていない言葉に、頭がくらくらする。何が悲しゅうて、八十をとうに過ぎた身で仮装など――!!
「冗談も大概にせい、ワシはそんな――」
「おじいちゃま! 私の作った衣装が着られないって言うの!?」
 孫娘が放ったど迫力の一言に、老人は頷かざるを得なくなったのだった。

 そして、その夜――。


「良い子には贈り物を! 悪い子にはおしおきじゃっ!!」

 四人のお供を引き連れ、村中を練り歩く異国の聖者に、大人も子供も大興奮だったと、エスト村史は伝えている。




 2008年のクリスマス限定TOPとして、12/24〜25にINDEXページに置いてあったものです。
 繰り返しますがこの世界にはクリスマスはないので(^_^;) あくまでパラレルということで。
 2004年の時もゲルク様にはサンタクロースのコスプレをしてもらっているのですが(笑) 今回はもっと本格的にやってもらいました(笑)
 八十を過ぎてコスプレさせられた挙句に村中練り歩かされたゲルク様ですが、後半は多分ヤケッパチでノリノリにやってたと思います(笑)
 なお、作中で「24日の夜に聖者が街を回って〜」と書いてますが、これは「ゲルク様の雄姿を子供らにみせつけるために」「子供が起きている時間にやらないと」「夜中に枕元に忍び込ませるのは流石にかわいそう」という話し合いがなされた結果だと思います(笑)

2008.12.29
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