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薫風の候
ドロテア=エバスト様

 薫風さわやかな季節を迎え、ますますご活躍のこととお喜び申し上げます。
 先日はお忙しい中ご来訪いただきまして、誠にありがとうございました。大したおもてなしも出来ず、本当に申し訳ございません。
 次にいらっしゃる時には、ラウルがお勧めの食堂に案内するのだと張り切っておりました。少々柄の悪い店ですが、味は保証いたします。

 昨日はラウルの誕生日をその店で祝いました。最初は三人でささやかに祝っていたのですが、そこに店主が加わり、顔馴染みの客が加わり、最後は「おめでとう」の大合唱になって、本人は相当照れくさそうでした。
 高司祭は贈り物について色々頭を悩ませていましたが、結局はユークの聖典を贈っていました。去年は辞書でしたし、あまりに実用一辺倒なのはどうか、と申し上げたのですが、何しろご本人が物に執着のない方ですし、なかなか良い贈り物が思いつかないようです。どうか、来年の誕生日前には一言、ご助言を賜りたく存じます。

 誕生会の席で、ふと思い出して、こんなことを高司祭に尋ねてみました。五年前、神殿に勤めて半年足らずの私をなぜラウルの教育係に任命したのか。その理由をずっと聞いてみたかったのです。
 しかし答えは――お察しの通りです。「何となく」 ――ただそれだけでした。
 これでは埒が明かないので、ラウルにも聞いてみました。彼は、「五年前、じじいが俺を神殿に運び込んだ時、真っ先に飛んできて治療を手伝ってくれたのがあんただったからって聞いた」とだけ教えてくれました。
 その時のことは、今でも克明に覚えています。血に染まった、傷だらけの小さな体。周囲は顔をしかめるばかりで手を貸そうともせず、あまりに腹立たしくて……。差し出がましいとは思いつつ治療のお手伝いを申し出たのです。しかし、あの時はただ無我夢中で、まさかそのことを覚えてくださっていたなどとは思いもしませんでした。
 私がラウルの教育係を務めたのはほんの二年ほど。最初はまず衣類のたたみ方や風呂の入り方、食事の作法から教え込みました。彼は脱走癖こそありましたが、とても物覚えが良く、共通語の読み書きや算数など、あっという間に習得してしまいました。
 これ以上私が教えられることはない、と訴えたところ「それなら、教育係はもういいから、明日から私の秘書をしてくれ」と、あまりにも軽い口調で言われたので、咄嗟に「はい」と答えてから、素っ頓狂な声を上げてしまい、大笑いされたことを覚えています。

 何はともあれ、私が秘書を務めている限りは、妹君からのお手紙を読まずに屑箱に放り込むようなことは断じてさせませんので、どうぞご安心ください。
 そろそろ紙面も尽きてまいりました。天候不順の折、お風邪など召されませぬよう何卒ご自愛くださいませ。
クリスト・バル=オーロ
 外伝9「Letters~春嵐の窓辺~」の後日談です。
 実は「でんたまアンソロ」用に書いたのですが、台割などの関係で、どうにも浮いてしまったので、掲載を断念しました(^^ゞ
 「Letters」以降、ラウルの誕生日にちなんだ作品を書くことが多くて、このままだとこれ(贈り物)をコンプリート出来るんじゃないかという勢いです(笑)
2016.09.03


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