彼女は無口だ。どのくらい無口かというと、朝から晩までついて回って、声を聴いたのが「おはよう」と「おやすみ」だけだったりするくらい、とにかく喋らない。
「アイシャはまだ、共通語が得意じゃありませんから」
カイトさんはそう言うけど、あそこまで無口なのには、きっと何か理由があるに違いないのだ。
「……というわけで、アイシャが喋らない理由を突き止めるぞ!」
「やだよ、めんどくさい。それよりピート兄ちゃん、掃除しなくていいの?」
「飽くなき探究心の前には、掃除など些末なことでしかないのだ!」
弟を煙に巻いたところで、そそくさと家を出て、彼女を追いかける。
彼女はいつも村の外をうろついている。そうやって精霊の声を聞き、時には悩み事を解決したりしているらしい。
今日はどこに行くのかと思ったら、目的地は湖だった。靴を脱ぎ捨て、ずんずんと水に入っていった彼女は、膝まで水に浸かって何かを囁く。すると、水面がにゅっと盛り上がり、人の形になったではないか。
「うわあ!」
思わず口を押えたけど遅かった。悲鳴を聞きつけて、人の形をした水がぐにょんと歪んだかと思うと、こちらに向かって飛びかかってくる。
『ウルティナ! 止まって!』
鋭い声が響き渡ったと思ったら、すぐ目の前まで迫っていた水の塊がぴたりと動きを止めた。
『その子は敵じゃない。危害を加えてはいけない』
凛とした声に、水の塊はするすると戻っていき、波紋を残して消えた。
慌てて走ってきた彼女に大丈夫かと聞かれ、こくこくと頷く。
「水の乙女、姿を見られる、恥ずかしい。だから、攻撃した」
「あれって照れ隠しなの!? でも、すぐに止まってくれたよね。精霊使いってすごいや! 何でも言うことを聞かせられるんだね」
褒めたつもりだったのに、彼女は悲しげな顔で首を振った。
「私の言葉は、精霊を縛る。精霊だけじゃない。人も、縛ってしまう。だから、本当は、みんなと話す、よくない」
たどたどしく紡がれた言葉。その意味は、あまり分からなかったけど。
アイシャがとても優しい人だってことは、よく分かったんだ。