思えば、物心ついた頃から今まで「誰かに抱き上げられた」記憶などほとんどない。
子どもの頃は面倒を見てくれる相手などいなかったし、神殿で暮らし始めた頃にはもう気恥ずかしさが先に立って、誰かに甘えることなど考えつきもしなかった。一方で、自分より年下の者がいない状況で育ってしまったから、子どもの扱いにもあまり慣れていない。
そんなわけで、今日も彼は同居人の「だっこ~!」攻撃に、苦悩の表情を浮かべていた。
「お前なあ、赤ん坊じゃないんだから」
一応抗議してみるものの、結局は根負けして抱っこさせられる羽目になるのがいつものことだ。
しかし、今日はどうも様子が違う。
「こーやって、だっこ!」
手にした絵本を開き、とある頁を指差して、きらきらと目を輝かせる少女。そこには、囚われの姫が勇者に救い出され、その逞しい両腕に抱き上げられて凱旋する様子が描かれている。となると、彼女の要求はずばり――。
「お姫様抱っこかよ!」
きょとんと首を傾げ、絵本へと目を落とす。そして言葉の意味を正しく理解した少女は、満面の笑みで両手を伸ばし、覚えたばかりの単語を繰り返すのだった。
「おひめさまだっこ! おひめさまだっこ、して!」
「しまった……余計なことを……」
頭を抱えつつ、観念して抱き上げてやると、弾けるような歓声が上がる。そのあどけない笑顔を見ていると、気恥ずかしさを覚えている自分が馬鹿馬鹿しく思えてきて、やれやれと微笑を浮かべるラウルに、少女は更なる要求を口にした。
「このまま、おそと、いくのー!」
「それだけは却下だ!」