[series top] [HOME]

星を掴む手
 尖った耳を見られるのが嫌で、髪を伸ばした。
 瞳の色をもてはやされるのが嫌で、前髪で隠した。
 でも金色の髪だけは隠しようがなくて。
 救貧院に時折やってくる『優しい方々』の無遠慮な手をはね除ければ、待っているのは院長からのきつい折檻だ。
 だから必死に嫌悪感を堪えて、愛想笑いで誤魔化す。
『綺麗な金髪だ。まるで貴族の子供のようではないか。どこぞの落とし胤か?』
『まあ、まるで翡翠のような瞳! なんで隠しているの、勿体ないわ』
 手放しに褒めてくれた次の瞬間、眉をつり上げて『『なによ、この耳! 混血児じゃないの!』と踵を返す。
 いつだってこの繰り返し。希望から絶望へ。持ち上げてから叩き落とされるのが世の常だ。
 だからもう、期待することをやめた。
 上辺だけの笑顔、形だけの優しさがあれば、無用な騒動は避けられる。
 『手のかからない良い子』の仮面を被り、くだらない日々を、くだらない人々を、右に左に受け流して生きる。
 それが一生続くのだと、そう思っていた。


「ふぅん、なるほど。お前さんがシュナの(せがれ)か」
 唐突な来訪者は、いつもの『優しい方々』とはまるで違う雰囲気だった。鋭い目つき、隙のない身のこなし。無遠慮な物言いは、でもどこか茶目っ気があって。
「おじさんは、どなたですか?」
 シュナは亡き母の名前だ。だからきっと、この人は母の知り合いなのだろう。それなら恐れる必要はない、はずだ。
 なのに、妙に胸の奥がざわついて、無意識に距離を取る。
「ほう。お前さん、見所があるな」
 離れた分を一歩で詰めて、来訪者はにぃ、と物騒な笑みを浮かべてみせた。
「おじさんはなあ、ここの院長と古い付き合いの――そうさな、とびっきりの悪党だ」
 自分から悪党と名乗るなんて、いかにも胡散臭い。しかし、それを冗談と笑い飛ばせないほどに、男の纏う雰囲気は実に不穏で、どこか底知れぬ不気味さを漂わせていた。
「あちこちの救貧院だの孤児院だのを回って、将来有望な子供を引き抜いて手下にしようとしてるのさ。お前さんは見た目が良いからすぐ慈善家にもらわれていくかと思ったが、長いこと売れ残ってるんだって?」
 まるで商品のような物言いが、不思議と腑に落ちる。そうか。ここにいる孤児達はみな『売り物』だったのだ。働き手として、養子として、愛玩用として――用途は違えど、それで救貧院に寄付金が入ることに変わりはない。
「いやはや、あいつらは見る目がないねえ。いや、逆に見る目があるとも言えるか。見た目からは推し量れない、お前さんの本性ってヤツを、無意識に感じ取ってたのかもしれねえな」
「うるさい! あんたにオレの何が分かるんだ!」
 思わず『良い子』の仮面をかなぐり捨てて叫べば、「そうそう、それだよ」と頷かれた。
「その年齢(とし)で『顔』を使い分けられてる時点で、お前さんは『こっち』向きだ」
 その『こっち』が何を示しているのか、よく分からなかったけれど、どうやら褒められているらしい。
「院長から話は聞いてる。シュナ――お前さんの母親とは前に何度か仕事をしたことがあってな。腕の良い遺跡探索者だった」
 この北大陸には魔法大国時代の遺跡があちこちに残っており、今でも各地で遺跡探索が行われている。母はそのうちの一人だった。
「身持ちの堅いヤツだったから、旅先で出会った森人族の男と恋仲になって子供を授かったと聞いた時は驚いたもんだが、まさかその後、一人で子供を育てていたとは知らなくてね」
 身重の恋人を置いて男は去り、残されたシュナは一人で子供を産み、育てた。しかし三年前、遺跡探索へ向ったまま未だに帰らず、世間では死亡扱いだ。
「母親が行方不明になって、お前さんは救貧院に預けられた。混血児と疎まれて引き取り手も現れず、不遇の日々を送っている、と」
 実のところ、救貧院にやってきて、生活が大きく変わったわけではない。
 元より父を知らず、頼れる親族や知り合いもおらず、母は生活費を稼ぐために寝る間を惜しんで働いていた。危険だが割が良いからと遺跡探索の仕事も続けており、母が仕事で長く家を空ける際には、近所の家に預けられることも多かった。
 だから一人で母を待つことには慣れていたし、それを寂しいと思ったこともない。
 でもそれは、母が必ず帰ってきたからだ。くたくたになって、土埃にまみれて、それでも満面の笑顔で「ただいま!」と帰ってきて、飛びつくように抱きしめてくれた。
 そんな母が行方不明になり、この救貧院で暮らすようになって、初めて気づいた。帰らない人を待つことは、とても寂しい、と。
「なあ、坊主。俺と来ないか?」
 唐突な言葉に、思わず目を瞬かせる。
「実はな、俺は盗賊なのさ」
 あまりに堂々とした物言いに、驚くどころか呆れてしまったが、なにせ自ら悪党と名乗った男だ、わざとらしく声を潜めるなんて真似が出来ない性分なのかもしれない。
「修行は厳しいし、一度こっち側に来ちまえば二度と表社会には戻れないが、お前さんの才能を最大限に生かせる場所を教えてやれるぞ」
 才能と言われても、どうにもピンと来なかったけれど。
「その生まれも、見た目も、生い立ちも、全部お前の『武器』になる。今は(なまくら)な小刀でしかないが、磨けば闇さえ切り裂く刃になるだろう。俺ならお前を鍛えて、ピカピカに磨いてやれる。どうだ?」
 生まれて初めて、すべてを肯定してくれた。そのことが、とにかく嬉しくて。
 おずおずと頷けば、「よし、商談成立だ」と頭をがしがし撫でられた。
「俺は『星鴉』。盗賊ギルドの長だ。お前の名は?」
「ジェイド」
「そうか。聞いといて悪いが、その名前は今日限りで捨ててもらう。俺たちは本名を名乗らない。代わりに秘密名――要するに『あだ名』をつけるのさ。お前の名は俺がつけてやろう。そうだな……今日からお前は『眠り猫』だ」
 鋭い牙と爪を隠して目を細める猫。どうだ、ぴったりだろう? と悦に入る『星鴉』に、胡乱な目で問いかける。
「あんたには、オレがそう見えてるのか」
「ああ。今は爪を引っ込めるのがやっとの子猫ちゃんってとこだが」
 猫はすぐに成長するだろう? と続けられて、抗議の声をぐっと飲み込む。
 期待するのは、とうの昔に諦めた。でも――期待されるのは、これが初めてだから。
「……後悔させてやる」
 おう? と小首を傾げる『星鴉』。その顔を真正面から睨みつけて。
「もっと早くに声をかけておけば良かったって、あんたを後悔させてやる!」
「はは、威勢の良いことで。おう、せいぜい後悔させてくれや」
 じゃあ行くか、と伸ばされた手は、とても大きくて、ごつごつと節くれ立っていて。握りしめられると、ちょっと痛かったけれど。
 だけど、その手は――これまで差し伸べられたどんな手よりも、温かかった。


 星を掴もうと手を伸ばしたところで、空が近くなるわけじゃない。
 けれど、暗闇の中で膝を抱えているだけでは、何も変わらない。
 それが正しい選択なのかなんて、今は分からないけれど。
 緩慢な絶望(ゆめ)よりも、苛烈な現実(みらい)を選んだ。ただそれだけのこと。


 ファーン新生暦94年。街の救貧院からジェイドという名の少年が姿を消した。
 その行方は、誰も知らない。
 彼が何を掴もうとしたのか、それさえも。
星を掴む手・終わり
 先日、Twitter上で「#子どもの日なのでうちの子で子ども時代の姿が見たい子いますか」というハッシュタグが流れていたので乗っからせていただいたところ、「村長」というリクエストを頂いたので、はじめて村長の過去を考えました(ひどい)。
 つらつらと設定を綴っていたら何となく話が見えてきたので練り上げてみました~。
 村長は森人族との混血児でかなりの若作り、という設定だけは本編でも描かれていたので、それ以外のところを固めていったら、こんな過去になりました(^_^;)
 なお、混血児はどの時代・どの社会においても異端の存在で(寿命や容姿が違うので社会から浮いてしまう)、だからこそほとんどの混血児は旅人に身をやつしているのですが、彼の場合その「十歳前後で成長が緩やかになり、青年期の姿を長く留める」部分が諜報員として重宝がられたようです。

 ちなみに……これを読んでいただけると何となく察していただけるかなと思うんですが、村長とラウルは割と共通点が多くて、だからこそ村長はラウルのことが他人事と思えずに、お節介を焼いてしまうところが多々あるようです。(ラウルにとってはいい迷惑なんでしょうけど)
2020.05.07


[series top] [HOME]

© 2020 seeds/小田島静流