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幸いにも、隣村はいたっていつも通りで、エストで起こっている不思議な出来事にも揃って首を傾げてくれた。こっちの頭がおかしくなっているわけではないことが確認できて、少しだけほっとする。 あちこちの家で往診のお代としてもらった野菜やら果物やらを担いで来た道を辿れば、茜色に染まった空の下に佇むエストの村が見えてきた。 夕暮れに溶け込むように響いてくる鐘の音。空を飛ぶ鳥達の鳴き声も、どこか寂しげだ。 こうして見る限りは、いつも通りの鄙びた村なんだが……。 いや、違う。いつもならこの時間、もっとあちこちに村人の姿が見えるはずだ。外の畑から戻ってくる農夫、家路を急ぐ子供たち、あちこちから立ち上る煙突の煙に、賑やかな笑い声。 それなのにどうだ。この閑散とした様子、まるで――。 まるで、誰もいなくなってしまったかのように、ひっそりと静まり返る村。 (おい、チビ! どこにいる!?) 意識を集中させ、呼びかける。いつもなら、こうして呼べばすぐに脳天気な返事があるはずなのに、何度繰り返しても応答がない。 (おかしい……何があった!?) 冷静になれ。焦れば焦るだけ、判断力が鈍る。 そう自分に言い聞かせながら、広場へと向かう。 「誰も、いないか」 人っ子一人いない広場に響き渡るのは、一人分の足音と、物悲しげなカラスの鳴き声。 (一体、何があった……!?) と、どこかで小さな物音がした、気がした。 はっと振り返れば、暮れ行く空を背に、しんと佇む二階建ての建物。その窓には煌々と明かりが灯り、何やら美味しそうな匂いが立ち込めている。 (……逆に怪しい……) ここだけがいつも通りなんて、いかにも罠です、と言っているようなものじゃないか。 しかし、ここでじっとしているわけにもいかない。 「……よし」 荷物をその場に下ろし、腰の小刀を確かめて、そっと扉に近寄る。 中から何も聞こえてこないのを確かめてから、腰を落とし、ゆっくりと扉を開けて――。 パーン!! パーン!! パーン!!
「!! なんだ、こりゃっ……!?」 何が破裂するような音に、咄嗟に身を屈めてその場に転がれば、全身にふわふわと絡まってくる柔らかな感触。 恐る恐る目を開ければ、色とりどりの紙紐が四方八方から飛んできて、まるで巨大な蜘蛛の巣にひっかかったような有様になっている。 そして――。 「お誕生日おめでとう!!」 驚くような大合唱に目を瞬かせれば、目の前に勢ぞろいした、人、人、人――。 「な、な、な……!?」 「サプライズパーティ、大成功ですね!」 呑気な声と共に、人々を掻き分けて出てきたのは、誰であろう村長その人だ。 「どうですラウルさん、驚いていただけましたか?」 「驚くもなにも、何だよこれは!? って、誕生日……?」 五の月十二日。そうか、今日は――。 「お誕生日おめでとうございます、ラウルさん。折角ですから村を挙げてお祝いしようと思いましてね」 「ただお祝いするんじゃ面白くないから、どっきりにしようと思って、村人全員で計画したのよ」 「去年は当日にお祝いできませんでしたからね。今年は随分前から計画してたんですよ」 「ちなみに言いだしっぺは村長とレオーナさんで、計画はカイトとアイシャです」 「めでたい」 「どうだ用心棒、驚いたか?」 「ほらほら、座ってくださいラウルさん」 「主役はここだ、坊主」 「お、おめでとうございますラウルさん。僕はラウルさんがびっくりするといけないから普通にお祝いしようって言ったんですけど、父さんが『どうせなら思いっきりびっくりさせよう』って聞かなくて……」 「おかげでオレまでとばっちり食うしよぉ、ったく、いい迷惑だぜ」 「だああ、一斉に喋るなっ!!」 束の間、しんと静まり返った店内だったが、続いて聞こえてきた賑やかな足音が、その静けさを見事にぶち壊す。 まるで地響きのような足音に振り返れば、走ってきたのは巨大な、ケーキ――?。 「らう〜っ♪」 「わー、チビ、走るなっ!」 「いやーん、にーちゃんが足踏んだー」 「転ぶわよ、チビちゃん」 奇声を上げて駆けてきたのは、巨大なケーキ、じゃなかった、ケーキの載った盆を抱えたチビと、それを支える子供たちだった。 「らうっ、おたんじょうび、おめでとっ!!」 目の前にどーんと置かれたニ段重ねのケーキは、それこそチビが乗っかるんじゃないかというほど大きくて、色とりどりの果物やクリームで飾られたそのてっぺんには、チョコレートで描かれた「おたじょびおめでと」の文字。 見れば、チビの顔やら腕やらにはクリームやチョコレートがべたべたとくっついており、悪戦苦闘のほどが見てとれた。 「さあ、蝋燭に火をつけましょう」 「では、私が」 金髪の魔術士がぱちん、と指を鳴らせば、ケーキにつきささった色とりどりの蝋燭に小さな火が灯る。 そして、レオーナが奏でるピアノに合わせて、歌が始まった。 Happy Birthday to you 誕生日を迎える貴方に 心からの祝福を Happy Birthday to you! 大合唱の中、村長が笑う。 「さあ、一息で消してください」 「何を願う? 用心棒」 真顔で問うてくるローラに、そうだな、と嘯いて。 「――ひみつ」 ずるいぞ、と息巻くローラを横目に、思いっきり息を吹きかければ、二十七の炎は揺らめいて消え、割れるような拍手が店内に鳴り響いた。 |
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