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おまけ

 窓から差し込む明るい日差し。のどかな鳥の歌声に、遠くから響く鐘の音。
 いつも通りの朝――ではないけれど、今日も朝はやってきて、一日が始まる。

 寂れた宿の粗末な寝台を抜け出し、裏庭の井戸で顔を洗っているうちに、さっきまで見ていた夢を思い出して、思わず苦笑を漏らす。と、背後から近づいてきた気配がびくっと止まって、遠慮がちに声をかけてきた。
「どうしたんだ、用心棒? 朝から思い出し笑いか」
 いや、と首を振って、髪についた水滴を払い落とす。そして、王女が差し出してくれた布で顔を拭きながら、どこから話してやろうか、としばし考えて、結局は一言に落ち着いた。
「妙な夢を見たんだ。それだけさ」
 懐かしい人達と、そして不思議な客人達と過ごした幻想の宴。久しぶりに見たエストの村は、相変わらずのどかで、優しくて。
 たくさんの笑い声と、そして予想通りの結末を思い出し――。よほど珍妙な顔をしていたんだろう。心配そうな顔で見上げてくる王女に気づいて、何でもないさと手を振る。
「そういやお前も出てきたな。チビと一緒にわーきゃーやってた。人の誕生祝いだってのに、そっちのけでケーキ食ったりして――」
「なんだ、覚えていたのか」
 意外な言葉に目を見張れば、王女はそれまで後ろ手に持っていたらしい小さな包みをずい、と差し出してきた。
「誕生日おめでとう、用心棒」
 夢の中でいい加減聞き慣れた、しかし思いがけない言葉に、思わず目を瞬かせる。
「なんで、知ってるんだ……?」
「随分前に、妹から聞いた。それで、二人でびっくりさせてやろうと前々から計画してたんだ」
 開けてみろ、と促され、おっかなびっくり包みを開く。
 中から出てきたのは、銀色の耳飾り。耳朶に下げるのではなく、耳の縁に引っ掛けて使う型のそれは、決して精緻とは言えないがなかなか味のある細工が施されていた。
「前にどこかの街に立ち寄った時、二人で選んだんだ」
 陽に翳せば、月を背に飛翔する竜の細工がきらりと光る。なるほど、二人が選びそうな図柄だ。
「気に入ってくれればいいんだが……」
「あ、ああ……ありがとな」
 本音を言えば、身を飾るのはあまり好きじゃない。
 それでも、これくらいなら。
 一生懸命選んでくれた二人のために、ほんの少しだけ主義を曲げても、罰は当たるまい。
「どれどれ……なんだ、結構つけるの面倒だな」
「不器用だな、ちょっと貸してみろ」
 左耳に加わった、僅かな重さと違和感。それも、そのうち薄れていくだろう。
「うん。私達の見立ては間違ってなかったな。よく似合うぞ」
 久々に嬉しそうな顔を覗かせる王女に、元がいいからな、と嘯いて。
「それじゃ、あのチビにも早く見せてやらないとな」
「ああ!」
 そうして、朝食を取るために、食堂へと向かう。
 王女の軽い足取りを追いかけて扉をくぐれば、パンの焼けるいい匂いがした。
「さあ、今日も一日、頑張るぞー!!」
「元気だなあ、お前」

 そうして今日もまた、旅が始まる。

月に捧ぐ歌に続く...
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