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第一章[8]

「うわー、ここまで壊れてるとは」
「見事」
「ホントにおかしいですねえ、こんな季節にこれほどの突風が吹くなんて、聞いたこともありませんよ」
 扉の半分外れた入り口に立ち、復旧の様子を眺めている三人組。その風体からして、村の者ではなく、遺跡探索をしているという冒険者達のようだ。
 三人はラウルの視線に気づき、にこやかに歩み寄ってきた。
「あなたが昨日来たっていう神官さんですか。はじめまして。オレ達はこの村を拠点にルーン遺跡を探索している者です。オレはエスタス」
「アイシャ」
「僕はカイトといいます」
 革鎧に身を包んだ、ツンツンにはねた赤い髪のエスタス。
 色鮮やかな紋様の描かれた外套に身を包み、無表情に辺りを見回しているアイシャ。
 見るからに学者然とした風体の、細っこい体に眼鏡をかけたカイト。
 三人ともかなり若かったが、そこそこ経験を積んだ冒険者であろうことは、使い込まれた鎧や武器、立ち居振舞いから見て取れる。
(マリオが言ってた奴らか。なるほど、すぐ会えたな)
「オレ達五日前から遺跡に入りっぱなしで、今日の朝早くに戻ってきたんですよ。そしたらこれでしょう? びっくりですよ」
 人懐こい笑顔を浮かべてエスタスが話しかけてくる。その横では、カイトと名乗った青年がぶつぶつと何やら呟いていた。
「そうですか。でも、被害に遭われなくて幸いでしたね」
「でも、おかしいんですよ、神官さん!」
 カイトが突然会話に混ざってきた。
「あの突風は妙なんです! 自然現象とは思えないんですよ。季節的にも場所的にもおかしいんです。大体この地域は北の山脈から吹き降ろす風によって……」
 段々専門的なことに発展していくカイトの話に、エスタスが苦笑しながら割り込む。
「あ、コイツの癖なんで気にしないで下さい。ルースの神官なもんで……」
(ルースの? ああ、なるほど……)
 ルースは大地の女神。そして知識や歴史を司る女神でもある。そのルースに仕える者達は、知識欲を満たす為や真の歴史を探る為に旅に出るが、恐らく彼もその口だろう。エスタスの言葉にようやく解説をやめて、カイトはラウルに一礼した。
「すいません、つい夢中になっちゃって……。きちんと名乗りもしないで失礼しました。えっと、東大陸のルース分神殿で学びました、カイト=オールス神官と申します。専門は古代史ですが、気象学や生物学、天文学なんかもかじってます」
(なるほど、広く浅くってヤツか。雑学博士だな)
「中央大陸のユーク本神殿から参りました、ラウル=エバスト神官です。どうぞお見知りおきを」
 こちらも一礼して名乗りを上げる。と、それを聞いたエスタスがへぇ、と意外そうな顔をした。
「本神殿ってことは、ラルス帝国の首都からですか? それじゃ随分長旅だったでしょう?」
「そうですね、二月ほどは……」
 答えるラウルの言葉を遮るように、カイトが再び猛然と喋り出す。
「そう、何の話をしてましたっけ。ああ、突風ですよ。あの風は自然のものとは考えられないんですよ。そもそもこの北大陸は、かつて魔法大国ルーンの……」
 また始まった、とエスタスが肩をすくめる。
「あんまり気にしないで下さい。こいつ、こういうことになると止まらないんで」
 エスタスの言葉にラウルがどう答えていいか考えていると、
「でも」
 突然ラウルの背後からあがった声が、カイトの饒舌を遮った。
(なに?)
 気配は感じなかったのに、いつの間にかラウルの後ろには、アイシャと名乗った少女が立っていた。
「あの時、ただならぬ気配を感じた」
 そうとだけ言って、くるりと三人に背を向けてしゃがみ込むと、黙々と瓦礫を掘り返すアイシャ。なかなか謎な人間である。
(無表情でぶっきらぼうなのはナンだが、なかなかの別嬪さんだな)
 などと考えているラウルの横で、エスタスが肩をすくめる。
「アイシャ、それだけかよ?」
「それだけ」
 顔も上げないで言葉を返すアイシャ。せっせと瓦礫を撤去しているその姿に、エスタスは本来の目的を思い出して、そうだったと手を叩いた。
「そうそう、オレ達神殿を直すのを手伝おうと思って来たんですよ。何か手伝えることありますか?」
 力には自信がありますと腕を叩いてみせるエスタス。ラウルがそれでは好意に甘えて、と何か仕事を割り当てようとした時、奥の扉からエリナがひょっこり顔を出した。
「エバスト神官様、書庫にあった本、大体整理できましたけど、おうちに運びますか?」
 その呼びかけに、思わず苦笑するラウル。
「そんな長い名前で呼ばなくて結構ですよ。言いにくいでしょう?」
「でも、それじゃあなんて呼べばいいんですか?」
「ラウルで構いませんよ、エリナ」
 年齢的に対象外と思いつつも、つい女性には愛想を振り撒いてしまうラウル。思えばそれが原因で飛ばされたというのに、まったく懲りていない。
「それじゃラウルさん、その本を運ぶのを手伝いますよ。な、カイト」
 エリナに言ったはずなのに、エスタスが先に名前を呼んでいる。
(ちっ、男に名前呼ばれても嬉しくないぜ、まったく)
 しかし、エスタスは何の含みもなく、ごく自然にそう呼んだだけだろうから、怒る訳にもいかない。
「そうですね。エリナ、手伝いますよ」
 カイトとエスタスの二人が書庫に向かう。その後ろについて行きながら、ふとラウルは先程のカイトの自己紹介を思い出していた。
『専門は古代史ですが、気象学や生物学、天文学なんかもかじってます』
(生物学……もしかしたら)
「マリオ」
 ラウルの言葉に、祭壇の後ろに座り込んで祭具の点検をしていたマリオが顔を覗かせる。
「その祭具を持って、一緒に小屋まで来て下さい」
「はーい」
「皆さん、私達は一旦、本や祭具を小屋に運んで来ますので、少々ここを離れますが、よろしくお願いします」
 村人達は笑顔でラウルの言葉に頷いてくれた。
「任せるだよ!」
「エリナ、あなたは神殿に残って、こちらのお手伝いをお願いできますか?」
「あ、はい。分かりました」
「それでは皆さん、早速で申し訳ありませんが、お願いします」
「了解です。ほらカイト、お前は力ないんだから、そっちの祭具持って来いよ」
「ああエスタス、本は丁寧に扱って下さいよ!」
「重い」
「アイシャさん、そんな重いの一人じゃ無理ですってぇ」
 それぞれ手分けをして書物や祭具を持ち、五人は小屋までの道のりを、賑やかしくおしゃべりなどしながら歩いていった。

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