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第七章[3] |
「奴らの拠点は恐らく、荒野のどこかだ。そしてあちこちに支部があって、それぞれが連携して動いてるんじゃないかと思う」 そう話すラウルの視線は、窓の外に向けられていた。 空から舞い降りる白い雪が、村を真っ白に染め抜いている。窓硝子は曇り、そこに先ほどからアイシャが指で描いているのは、どうやら竜の姿らしい。絵心はないようだ、どう見ても奇妙なトカゲである。 「荒野ですか。これまた、広すぎて見当もつかないなあ」 やれやれ、と息を吐くエスタス。 「そうなんだよな。何しろ荒野の詳細な地図さえないんだから」 「荒野の詳細な地図、ですね?」 きらり、と目を輝かせて、カイトが口を挟んでくる。 「なんだ、あるのか?」 「あんまり詳しい奴じゃありませんけど……。今、取ってきます」 そう言って雪の降る中宿に戻ったカイトが持ってきたのは、本人が作成したのであろう、几帳面な字の書き込みがされた地図だった。 「これです。役に立てばいいんですけど」 この辺りの詳細な地図と並べると、その地図はかなり大雑把なものだ。しかし、既成の地図には書かれていない街の名前や細い街道が載っている。 「これ、どうしたんだ?」 エスタスの問いに、カイトはえっへんと胸を張る。 「一年くらい前かなぁ、村長が見せてくれたのを写させてもらったんです」 「村長が?」 「ええ。かつてここが遺跡探索者で賑わっていた頃は、ルーン遺跡だけじゃなくって、荒野に点在する遺跡にも足を伸ばしていた人がいたそうですよ。そんな彼らが作り上げた地図を保管していたそうです」 荒野は一千年前のルーン崩壊の余波を受け、まさに草木も生えない荒地となっている。それ以前は苛酷な自然環境ではあったものの、生き物が生きられる場所だった。しかしルーン全土を覆う魔法の結界が徐々に自然体系を狂わせ、更にその結界が突如なくなったことで急激に環境の均衡が崩れたそこは、まさに死の大地と化したのである。 しかしその荒野には、かつての都市や村の跡などが数多く残っている。ルーン崩壊以降も幾度か街が興ったこともあったが、それも次第に衰退して遺跡の仲間入りを果たした。それらはすでに探索し尽くされ、今となっては足を向ける人もない。 「へえ、結構大きな遺跡もあるんだな。ルーンには及ばないけど」 地図をしげしげと覗き込むエスタス。彼らはルーン以西には足を踏み入れたことがないのだという。 「まあ、大人数が潜伏することを考えたら、ある程度の広さは必要でしょうし、主街道からあまり近いと旅人に目撃されるでしょうからね。となると……」 * * * * *
「あれ? 父さん何広げてるの?」 書き物机の上に広げられた見たことのない地図に、マリオは首を傾げた。 「ああ、これは昔の地図だよ。棚を整理してたら出てきたんだ」 黄ばんだ地図から目を上げて、村長はさて、と腰を上げる。 「夕食の時間かい?」 「あ、うん。父さんが出かけてた間に、お隣のマギーおばさんが豚を一頭潰したんだよ。お裾分けしてくれたから、今日はご馳走なんだ!」 用事があると言って十日間ほど出かけていた父親は、今日の昼過ぎに、いつものように珍しいお菓子や本をいっぱい抱えて帰って来た。それは勿論嬉しいのだが、何よりも、忙しい父が一緒にいてくれることがマリオにとっては嬉しい。それを分かってくれているのか、父も暇を見てマリオの話を聞いたり、逆に色々な話を聞かせてくれたりしてくれる。 それでも、時折マリオは不安に駆られることがある。 それは、父がいつか自分を置いてどこかへ行ってしまうのではないかという思い。 いつの頃からか抱いていたこの思いを誰かに話したことはない。言えば一笑に付されると分かっているから、言わないでいた。 自分でも馬鹿げた考えだと分かっているのだ。彼はこの村の村長だ、どこかへ行くはずなどないと分かっているのに、何故かその不安を捨てることが出来ないでいる。 だからマリオは、父が側にいてくれる時間を殊更大事にしていた。もしかしたら、いいや、そんなことはありえないのだけど、父がいなくなってしまう前に、出来るだけ沢山の思い出を作るために。 「ほら、早く!」 父の手を引っ張って、居間へと歩き出すマリオ。息子の思いに気づいているのかいないのか、村長は細い目を更に細めて、愛しい我が子の頭をぽん、と叩く。 「それは楽しみだ。じゃあ、行こうか」 書斎を出て行く二人。ぱたん、と扉が閉まった勢いで、机の上の地図がふわり、と浮き上がる。 北大陸の中央部を詳細に書き込んだ地図。そこに記された遺跡の一つに、色鮮やかな印が付けられていたことに、勿論マリオは気づかなかった。 |
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