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第二章【11】 |
翌日のルファス分神殿で、快く迎えてくれたルファス神官達から無事、鐘を借り受けることが出来、その鐘を乗せて馬車は一路エストへと走った。 道中は事もなく進み、ラウル達がエストに帰り着いたのは、出発から七日後の昼。 七日ぶりに見るエストの村は、何一つ変わってはいない。まあ、たった七日離れただけで様変わりされたら、何事かと思うだろうが。 村の入り口で彼らを待ちわびていたコーネルが、馬車を見つけておーいと手を振ってくる。 「お帰りなさい!」 まだ完治していない足を引き摺るようにして駆け寄ってくるコーネルに、エスタスが馬を止める。 「ただいまコーネルさん。鐘は確かに借り受けてきましたよ」 ほら、と布をめくってみせるカイト。と、布の下から姿を現したのは卵だった。 「あ、あれ?」 「違う違う、こっちだ」 ラウルがもう一つの布を剥ぎ取ると、古びてはいるものの、実用に耐えるだろう鐘が姿を現す。 「ああ良かった。これで今日から、村に鐘の音が戻ります」 心底嬉しそうに言うコーネル。 「どうせだから、取り付けも手伝いますよ。コーネルさん一人じゃ大変でしょう」 エスタスの言葉にコーネルは、ありがとうございますと頭を下げた。そしてラウルに 「ラウルさん。村長さんが、話があるので帰り次第寄って下さい、と言ってましたよ」 「村長がですか?分かりました」 そう言って馬車からひらりと降りるラウルに、コーネルは慌てて懐から小袋を取り出す。 「これ、残りの分です。皆さんにも。本当にありがとうございました」 前金として出発時に金貨二枚をもらっていた彼らだったが、実質途中で宿屋に止まったり食事を取ったりで、殆どが経費で消えている。という訳で、ラウルの稼ぎは今貰った五枚。 (この調子じゃ、神殿再建までどれだけかかる事やら……) そう考えると気が遠くなる思いだったが、なんとしても稼ぐしかない。 (本神殿に融資してもらうったって、あっちも潤ってるわけじゃないしなあ……) 「それじゃ、卵は後で小屋の方に持っていきますよ。コーネルさん、乗ってください」 そう言ってコーネルを馬車に乗せると、エスタスは手綱を繰って馬車を進めた。 鐘つき堂に向かう馬車を見送って、ラウルは村長宅へと歩き出した。 「お帰りなさい、ラウルさん。旅はいかがでしたか?」 満面の笑みで尋ねてくる村長に、ラウルは曖昧な笑みを浮かべる。 「はあ……」 なんと答えていいものか。旅といっても、ラウルはただついていっただけで何をしたわけでもない。それなのに報酬を貰ったのが心苦しいくらいだ。 「エルドナは賑やかだったでしょう。まあ、ラルスディーンとは比べ物にならないでしょうが……。ああ、まあお座りください」 そう言って椅子を勧める村長に、ラウルはどうも、と言って椅子に腰掛ける。 「いやぁ、すっかり暖かくなって、過ごしやすくなってきましたねぇ。そろそろ畑の方も……」 「村長。お話とは何でしょう」 長くなりそうな世間話を遮って、ラウルは尋ねた。 「はあ。実はですね……」 細い目を更に細め、話し始める村長。 「最近、どうも卵の事を探っている、もしくは手に入れようとしている人間が現れ始めたようなんです」 思わず眉をひそめるラウル。 「まあそれも噂なんですが、珍しいものを集めている貴族が目をつけたらしいとか、商人が是非手に入れたがっているとか……。あとは、卵を持っていると幸せになれるなんて噂も飛び出したらしいですよ」 ラウルはその場で頭を抱えたくなった。 (幸せになれるんだったら、とっくになってる!) むしろ、不幸に見舞われているといったほうが正しい。 「私が言うのもなんですが、好奇心で卵を見に来る人達も出てくるかもしれません。もしそういう人達が押しかけてきて、神殿のお仕事に差し障るようになったら言って下さい。私が何とかしますから」 村長の言葉に、ラウルはありがとうございますと頭を下げた。 「いえいえ。村長として当然のことですよ。あ、そういえば……。先日の突風ですが、あれについても調べている人間がいるみたいなんです。近くの村や街を調べている者がいると聞きましたし、ちょっと前に『見果てぬ希望亭』を訪れた自称ケルナ神官がいたと、レオーナが言っていました。なんでも、当日の状況や被害の程度を調べていたようですが……」 「村長のところにはこなかったんですか?」 普通、神殿の正式な調査ならば、村長に挨拶の一つもして調査への協力を要請したりするものだ。 「そう、私のところには来てないので、非公式の調査なのかもしれません。まあ、関係ないとは思いますが」 突風が吹き荒れてから、すでに半月以上が経過している。エルドナへの道中ところどころ立ち寄った村などでも、被害を被っているところが多々あった。 「そう言えば、ラウルさん達がいなかった間に、うちの屋根もようやく直りました。客間も使えるようになりましたから、どうぞうちにいらして下さい」 その言葉に、ラウルは折角ですが、と首を横に振った。 「あの小屋での生活にもようやく慣れたところですし、卵の件でご迷惑をかける事になるかもしれませんから」 (それに、ここで世話になったらいつボロが出ちまうか分からねえし……) ただでさえボロ出まくりのラウルである。ましてマリオと毎日同じところで寝起きなどしたら、ついいつもの調子で喋りだしてしまうのがオチだ。 「そうですか、それは残念です」 時々は遊びにきて下さいという村長に礼を言って、ラウルは席を立った。 玄関先まで進んだ時、階段の上の方からマリオの声が降って来た。 「あっ、ラウルさん!お帰りなさい」 階段を駆け下りてくるマリオ。 「よお」 手を上げて挨拶を返すラウルに、マリオは満面の笑みを浮かべて 「今から小屋に帰るんですか?僕も一緒に行きます!」 とラウルの横に並ぶ。その顔が異様なまでに笑顔に溢れている事に、この時のラウルは気づかなかった。 「ラウルさーん、卵運んできましたよ〜」 エスタスの声だ。マリオがはーい、と扉を開けに行く。 少しして、どやどやと居間に人がなだれ込んできた。エスタス達三人に、エリナやレオーナ、レオーナの子供達六人までがやってきている。しかも何故か全員が満面の笑顔を浮かべていた。 「どうしました?こんな大勢で」 最初に入ってきたレオーナに尋ねると、彼女はにっこりと笑って、後ろ手に持っていた何かをラウルに差し出してきた。 「はい、これ」 「ソレ」は一見すると、何かの紐か帯に見える。しかし厚手の布をしっかりと縫製してあり、何やら立体的な作りになっている。 「……何ですか、これは?」 恐る恐る尋ねると、レオーナの子供達が元気よく 「おんぶひも!」 と答えてくれた。 「おんぶ、ひも……?」 呆然とするラウルの手からアイシャが「ソレ」を奪い取り、丁度最後に入ってきたカイトが抱えてきた卵にひょいひょいと装着する。 「ほら」 ラウルの背後に回り、半ば強引に背負わせるアイシャ。肩に当たる部分には柔らかい布が縫い付けられていたり、紐の一部に金具が取り付けられて着脱が簡単になっていたりと工夫が随所に見られる。 が。 「………」 「お似合いですよ、ラウルさん」 マリオが素直な賞賛をくれる。集まった人間も、口々に似合ってるだのかっこいいだの言っている。 「……これは、私が?」 「勿論ですよ」 他に誰がやるんですと言わんばかりのマリオ。しかも、背後から ―――ぴぃ〜♪――― と歓声らしきものを上げている卵。 「喜んでいる」 卵の声が聞こえたのか、アイシャが卵をなでる。 「これならどんな時も一緒にいられますから、盗まれる心配も壊される心配もありませんし、ラウルさんも安心でしょう?」 設計者らしいカイトも得意げだ。 (マジかよ……) 卵を背負った神官。洒落にもならない。 「色々工夫してみたんだけど、どうかしら?」 レオーナの問いかけに、ラウルは引きつった笑みを浮かべる。 「は、はあ。背負い心地はいいですね」 曖昧な答えを返すラウル。うっかり気に入ったなどと言ったら毎日背負わされそうだ。しかし、折角レオーナ達が作ってくれたものを無下にも出来ない。 「本当?良かったわ。頑張った甲斐があったわね、トルテ」 その言葉に、横にいた十五、六歳くらいの少女がこくりと頷く。レオーナの娘だろう、面立ちがそっくりだ。 「一番上のお姉さんかな?」 思わず声を掛けてみると、トルテは恥ずかしそうに頷いた。その背中で、赤ん坊がえへえへと笑っている。先日レオーナが寝かしつけていた、一番下の妹だろう。 「そう言えば、まだ紹介した事はなかったわね。上からトルテ、ジーク、アルナ、ピート、ロイ、メイアね」 女男女男男女の順で、大体それぞれ一、二歳離れているのか。やんちゃ盛りの男の子が三人もいれば世話をするのも大変だろうが、長女のトルテがこまごまと面倒を見ているようだ。今も、背中の妹をあやしながら、走り回っている三人を叱りつけたり、次女の上着の裾をひっぱって乱れを直してやったりと大忙しである。 「神官のお兄ちゃん、それすっごく似合うよ!」 「卵ちゃん、元気?」 「僕達にも触らせて〜」 賑やかな子供達に適当な受け答えをしながら、ラウルはトルテをそっと伺う。 (レオーナさんに似て別嬪さんだしなあ。ちょっと内気っぽいところがなかなか……) 「ラウルさん」 と、いつの間にか横に来ていたマリオが、じと目で睨んでいた。 「なんだよ」 「女の子と見ると目の色変えるのやめてくださいよ」 「いいじゃねえか、別に」 などとコソコソ会話していると、遠くから鐘の音が響いてきた。 その音に、エスタスが満足げに微笑む。 「ようやく村に鐘の音が戻ったな」 エルドナの街から運んできた鐘が、エストの村で時を告げる。数十年前エルドナに時計台が出来る前まであった鐘つき堂で使われていたという由緒ある鐘は、長い間眠っていたとは思えないほど、重厚な響きを奏でている。 「やっぱり、前の鐘とは音が違うわね」 少々寂しそうに言うエリナに、カイトが仕方ありませんよ、と返す。 「すぐにきっと慣れますよ」 鐘は四回と二回。夕の二の刻を示す鐘だ。そろそろ農作業も終わり、人々が帰宅する時刻である。 「さて、そろそろ戻らなきゃね」 そう言って、レオーナが子供たちを呼び集めた。エリナも一緒に席を立つ。 「それじゃ」 「ありがとうございました」 あまり嬉しくはなかったが、せっかく作ってくれたものだ。そう思い頭を下げるラウルに、レオーナはいいのいいの、と手を振る。 「なかなか楽しかったしね。この子達も、夏祭に向けていい針の練習になったし」 「夏祭、ですか?」 「今年の夏祭は、自分で衣装を縫うって決めたんです。ね、トルテ」 「ええ」 エリナとトルテが嬉しそうに言う。 「夏祭は、みんなめいっぱいおめかしして踊るんですよ。ラウルさんも是非参加してくださいね」 マリオの説明に、ラウルはなるほど、と頷いた。 「それは楽しみです」 「それじゃ、またねラウルさん」 そう言って小粋に裾を翻すレオーナ。その後姿に、ラウルは内心ため息をつく。 (はあ……こんな片田舎に埋もれているのが勿体ねえ) 都会の酒場でも、こんな粋な美人にはそうお目にかかれない。それなのに結婚していて六人の子持ちだというのが、とても信じがたい。それでも旦那子供もちにコナをかけるわけにもいかないし、ましてここで下手に評判を落とすような真似など出来ない。 (あー、まじ勿体ねえ) 心の中でぼやいている間に、賑やかな子供達も小屋を出て行き、一気に静寂が戻って来る。 やれやれ、とラウルは背中の卵を降ろした。なにやら不満げな声が伝わってきたが、さくっと無視して椅子に腰掛ける。 「どうですかラウルさん、そのおんぶ紐。アイシャの発案なんですよ」 どうですかと言われても、何とも答えようがない。 「……発想は悪くないと思うぜ」 でも、と続けようとした矢先、 「よく似合ってる」 アイシャの一言に、ラウルの額に青筋が走る。それを見たエスタスが慌てて 「ま、まあまあ。それはともかく」 となだめに入った。 「これからラウルさんも小屋を離れる機会が多いでしょうし、便利だと思うんです」 「なんで小屋を離れる機会が多いんだ?」 「だって、働かないと再建費用、貯まらないでしょう?」 ぐっと詰まるラウル。確かにその通りだ。 (まあ、卵を好事家に売って金を稼ぐという手も無きにしも非ずだがなあ) これだけ珍しいものだ。きっと高く売れるだろう。 ―――ビィィィィッ!!――― 怒ったような鳴き声が響いてくる。 (こいつ、もしかしてこっちの考えまで読めるのか……?) きっと卵を睨みつけると、 ―――ビィッ!――― わかってるんだぞ、といいたげな鳴き声が返ってきた。 (冗談だろぉ……) 「どうしたんですか?ラウルさん」 突然がっくりと肩を落としたラウルに、カイトが首を傾げる。 「元気出してくださいよ。そうそう、オレ達もうちょっとしたら、また遺跡に行くんです。良かったら一緒に行きませんか?面白い場所とか、色々案内しますよ。夜でも光が降りそそぐ部屋とか、どんなに登ってもてっぺんにたどり着けない階段とか……」 気を使ってか明るく話しかけてくれるエスタスに、おう、と力なく答えるラウル。 (何はともあれ、金貯めないとなあ……) 神殿再建までの道のりは、果てしなく遠いようだった。 「あ、ラウルさん、ゲルク様のところにはこれから行くんですか?」 うなだれるラウルにカイトが話しかけてくる。その言葉で、気の乗らない役目を思い出して余計落ち込みそうになったが、 「ああ、伝えないわけにもいかないしな」 こういうのは、とっとと済ませてしまうのがいい。そう思って立ち上がると、卵が連れて行けとばかりに鳴いてきた。 「お前は留守番だ」 途端に不満そうな鳴き声が伝わってくる。 「おんぶ紐を慣らすためにも、背負っていきません?卵も外出たがってるんでしょ?」 「ふざけんな!こんなの背負って爺さんのところ言ったら、笑われるに決まってるだろうが!」 |
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