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第一章 旅立ちの刻 |
……今宵語りしは 勇者の物語 邪竜を打ち倒せし 名高き勇者の物語 嘆きが 悲しみが 忌まわしき竜を生み 絶望の叫びが 破滅の序曲が 大陸を揺るがす時 神は 民に言葉を詫さん "邪竜 復活せり しかし案ずる事なかれ 伝説の勇者 世に安寧をもたらさん" 混沌の世に現れしは 銀の髪なびかせ 蒼海の如き双眸輝く 神の恵みを受けし 一人の青年なり 振るう剣は 闇を切り裂き 唱える聖句は 人々を癒す 名をアーヴェル=エスタイン 彼こそは 伝説の勇者 後に邪竜を倒し ファーンに平和をもたらす者なり 吟遊詩人の歌 《勇者への賛歌》序章より ファーン復活暦1000年、中央大陸ガイリア ガイリア全土は ラルス帝国の支配下にあった ラルス帝国 ヒース地方 ヴェルニー公爵領 ―――物語は ここから始まる――― 誰かに呼ばれたような気がして、少女は振り返った。 振り返れば、眼下に広がる見慣れた景色。空間を司るトゥーラン神の神殿は、村外れの小高い丘の上にぽつんと建っている。 午後の日差しを照り返す古びた石畳。神殿が建立されたのは遥か百年の昔だという。当時のまま今に残る石畳は、磨り減って名もない草が隙間から伸びている。 (誰かに呼ばれたような気がしたんだけど……) 辺りを見回すが、誰もいない。しばし辺りを見回していた少女の耳に、時刻を報せる鐘が飛び込んできた。 「行かなきゃ……」 肩までの黒髪を揺らして、少女は足早に神殿へと向かっていった。 彼女の影が古びた石造りの神殿へと吸い込まれていくその瞬間、道端の木に停まっていた一羽の青い小鳥が飛び立ったのを、少女は知らない。 青い小鳥が、まん丸の瞳をずっと彼女に向けていた事も―――。 神殿は、村の子供に学問を教える場所でもあった。 大抵は知識を司る女神ルースの神殿がその役目を果たす。しかし、地方によっては他の神殿が同じ役割を果たしている事もある。 このリネル村にある唯一の神殿であるトゥーラン分神殿は、まさにその役割を果たしていた。 神殿では、八歳から十五歳の子供を対象に、読み書きや算数、神話や簡単な歴史などを教えている。 初夏の今日、トゥーラン分神殿の教室では神話の授業が行われていた。 「それでは次を……。アヴィー。読んで下さい」 黒板の前に立つ神官が、黒髪の少女を指名する。アヴィーと呼ばれた彼女は、はい、と静かに立ち上がると、手元の本を朗読し始めた。 「……遥かなる昔 名もなき原始の神、この地に降臨す 名もなき原始の神、十一人の神々を創造し、この地を与える 水と美の女神アイシャス、この地に水を与え 大地と智の女神ルース、この地に大地を生み出し 風と戦の女神ケルナ、この地に風を満たし 炎と愛の女神パリーと、この地に炎をもたらす 時間の神ルファス、この地に時を満たし 空間の神トゥーラン、この地に空間をもたらし 境界と静寂の神セイン、この地に境界を生み出し 封印と束縛の神クストー、この地に禁忌を与える 光の女神ガイリア、この地に光を生み出し、世界は光に照らし出される 魔の神リィーム、この地を巡る月を生み出し、魔の力を満たす 闇の神ユーク、この地に闇を生み出し、世界は闇に包まれる 光の女神 命を放ち この地は命に満ち溢れる 闇の神 命を眠らせ この地は安息に満たされる 光と闇の螺旋 輪を描き 命は輪廻の輪を巡る 光の女神ガイリア名づけて曰く この地は、『神々の息吹』―――」 歌うように読み上げて、アヴィーは本を閉じた。 一般的に伝えられている創世の神話。宗派によっては色々と削られたり加えられたりしているが、これがほぼ原型だと言われている。 「はい、よく出来ました」 神官はそう言って、アヴィーを座らせた。 教室に勉強に来ている生徒は十数名。その中でもアヴィーは最年長となる。五年前からこの教室に通い、毎年繰り返される授業を聞いていれば、いやでもすらすら読み上げられるのだが、そんな事を顔に出すような少女ではなかった。 「それでは、今日の授業はこれで終わりにしましょう」 神官の言葉に生徒達が歓声を上げる。歴史の授業というものは、彼らにとってはなかなか退屈なものらしい。もっとも、これが読み書きであっても算数であっても、彼らにとっては同じようなものなのだが。 「トゥーラン様のお導きがありますように……」 伏目がちにそう祈る神官の言葉など耳に入らない様子で、子供達は元気一杯教室の外へと飛び出していく。これから日が暮れるまで、村のあちこちで遊ぶという重要な「仕事」が待っているのだ。 一気に閑散とした教室に、神官とアヴィーだけが取り残される。彼女は元気の良い子供達の様子に苦笑しつつ、アヴィーに微笑みかけた。 「アヴィー。お茶にしましょうか」 黒髪の少女はこくん、と頷いて、神官と共に教室を出て行った。 |
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