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第二章 伝説の剣 【2】

「……ふぅーん、トゥーランのご神託ねえ。確かに最近、見た事もない奴らがフラフラしてたりするしね」
 アヴィーの話を一通り聞き終えて、少女はなるほど、と頷いて見せた。
 少女はミントと名乗り、この武器商人ゼックの双子の姉だと言った。二人で五年前に南大陸を飛び出してきたのだという。
 ミントとゼックの姉弟は、山人と呼ばれる種族である。彼ら山人は南大陸発祥の種族で、褐色の肌とがっしりとした体が特徴の種族だ。ファーンの大地に住まう八種の人族のうち、一番人間と係わり合いの深い種族でもある。彼らの鍛治の腕は大変に優れており、大きな町なら大抵は山人の鍛冶屋がある。
「君は冒険者なのかい?」
 アーヴェルが尋ねる。ミントはすでに武装を解いていたが、使い込まれた革鎧や鍛えられた筋肉、隙のない身のこなしなどは戦士のそれであった。
「違う違う。あたいは料理人さ」
 ミントの言葉に二人が目を見開く。
「……この辺りの料理人はみんな武装してるのか?」
 こっそり尋ねてくるアーヴェルの問いに、隣のアヴィーはぶんぶんと首を横に振って否定した。そんな訳はない。
「姉さんは食材を求めて彷徨ってる料理人なんだよ」
 隣の台所からお盆を持ってやってきたゼックが説明した。盆を置き、全員に茶を配る。
「それで、ボクはその後にくっついて歩きながら、武器なんかを売る行商人をしてるってわけ」
「じゃあ、この家は?」
 茶を配り終えて席につくゼックに、アヴィーが尋ねる。
「ああ、月単位で借りてるんだ。このゼーラの町は近くに森や川があって食材が豊富だから、長くいる事が多いんだ。だから宿屋に泊まるより一月借りた方が安上がりなんだよ」
 アヴィーの住んでいたリネル村からゼーラの町までは、街道を歩いておよそ三日。その街道近くにはシールーンの森と呼ばれる深い森がある。ゼーラの町からそう遠くないところにはレイン川と呼ばれる河川がゆったりと流れ、馬車も通れるしっかりとした石造りの橋がかかっている。川を越えてしばらくすればフェセルの森があり、と、この辺りは自然の恵みに満ち溢れているのだ。
「なるほど」
「手伝ってくれた御礼に、今日はここに泊まっていきなよ。美味しい夕飯をご馳走するからさ!ちょうどいい食材が手に入ったことだし、新しい料理法を試したいんだよねぇ」
 嬉しそうに食材の入った籠をがさごそやりながら話すミントに、そうだ!と勢いよくゼックが詰め寄った。
「そうだよ、こんな呑気に話してる場合じゃなかった。この人は一体どうしたんだよ?」
 ゼックの示す先には寝台が置かれ、一人の人間が眠っていた。
 長い金の髪、白皙の肌。ゆったりとした服をまとい、静かに眠っている。怪我や病気ではないようだが、極度に疲労した状態ではないかとミントは言っていた。
 その枕もとには一振りの長剣が置かれていた。なんでも、この人間がしっかりと握って離さなかったものだという。その他にも多少の荷物と一本の杖が置かれており、どうやら旅の魔術士ではないかとミントは推測していた。
 魔術士とは、生まれ持った魔力を用いて様々な術を行使する者達の事を指す。物語などにはよく登場するが、実際にはさほど多く存在するわけではない。まして彼らの多くは旅をしているか、魔術士の塔で研鑽を積んでいる事が多く、一般の人間には馴染みの薄い存在だ。
「街道で……そう、レイン川の近くで倒れてたから思わず拾ってきたんだけど」
 あっけらかんと言うミントに、ゼックが頭を抱える。
「なんだか争った跡があったから、野盗か怪物にでも襲われたのかもしれない。その割には、辺りに死体は転がってなかったけどね」
 この辺りの街道は安全な事で有名なのだが、ここ最近は妙に騒がしいのだとミントは言った。見慣れない怪物に襲われたとか、妙な連中が夜中に集団で通っていったとか、色々な話が伝わってきている。
「でもこの人、怪我はないんだろ?」
「見たところはね。でも、強大な魔術を使うと一気に魔力を消費して昏倒しちまうっていうから、襲われたところを魔法で撃退して、ぶっ倒れたのかもしれないし。まあ放っておく訳にも行かないから、拾ってきたんだよ」
 まるで捨て猫でも拾ってきたような口調である。聞けば、このミントはこういった「拾い物」を度々するらしい。その度にとばっちりを食っているのは、勿論弟のゼックである。
「それにしても……きれいな人だよなあ」
 アーヴェルが呟いた。その言葉に、自然と四人の視線が寝台に集まる。
 ―――と。
 閉じられていた瞼がかすかに震え、ゆっくりと開いていった。
 思わず立ち上がるアーヴェル達に、青い双眸が向けられる。それは深い海のような、不思議な輝きを持つ青い瞳。
「……目、覚めた?」
 恐る恐る話し掛けるミントに、魔術士はゆっくりと上体を起こす。そして、はっきりとした口調で問い掛けてきた。
「……ここは……一体どこでしょう?」
 不思議な声だった。男とも女ともつかない、低めの落ち着いた声は、耳に心地よく響く。
「あんたはレイン川の近くの街道で倒れてたんだよ。お節介かと思ったけど、ここまで運んできたんだ」
「レイン川……するとここはゼーラの町ですね」
 光に輝く髪をそっとかきあげて、魔術士は寝台の上で居住まいを正す。
「助けていただいてありがとうございます。私はご覧の通り、旅の魔術士でリファと申します」
 どうやらミントの読みは当たっていたようだった。ほらね、と胸を張るミントをはいはい、と軽く受け流して、ゼックが尋ねる。
「体は大丈夫なんですか?」
「ええ。魔術の使い過ぎで昏倒しただけですから。まだ多少ふらふらしますが、しばらく休めば大丈夫です」
「ふーん、そんなもんなのか」
 アーヴェルが納得している横で、ミントが少々表情を固くして問い掛けた。
「それにしても、一体どうしたんだい?もし差し支えなかったら話してくれない?」
「ええ、お話します。実は……」
 ミントの言葉に頷いて、リファは静かに語り出した。

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