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第二章 伝説の剣 【4】

 交渉が成立したところで、日も暮れてきたことだし夕食にするか、とミントが意気揚揚と台所に立った。
 その間雑談に興じていた彼らだったが、ふとゼックが例の剣に視線を投げかける。
「でもその剣、ホントに神剣なのかなあ?」
 女神ケルナの剣と言い残された剣にしては、神々しさだのきらびやかさだのに欠けている気がする。
 リファもさあ、と首を傾げているところを見ると、本物だと信じているわけではないようだ。しかし、名剣に勇者やら神々やらの名を冠するのはよくある事だ。大体において、ケルナの剣だというのなら本神殿の宝物庫に厳重に保管されていてもおかしくない。それを、旅の神官が何故持ち歩いていたのだろうか。
「そう言えば、まだ一度も抜いてないんですよ」
 リファの言葉に、ふとアヴィーが興味を持ったようだ。しげしげと剣を眺めて、
「抜いてみていい?」
 と尋ねる。
「ええ、どうぞ。ただし、錆びているかもしれませんし、気をつけて下さいね」
 リファの許可を得て、アヴィーは剣をそっと手に取った。 剣は意外に軽かった。しかし注意深く、剣を鞘から引き抜いていく。

―――と。

 突然部屋がぱぁっと眩い七色の光に包まれ、 部屋にいた全員が思わず目を閉じる。
 そして、恐る恐る目を開けた彼らの瞳に映ったものは、 剣を抜いた格好のまま硬直しているアヴィーと、その目の前にふわふわ浮かんでいる人物の陽気な笑顔だった。
「はぁ〜い!アタシを解放してくれたのはどなたぁ?」
 能天気な声でキョロキョロと周囲を見回すその人物は、だれがどうみても尋常ではなかった。いや、やたらド派手な格好や、あからさまに人ではないと言っているような猫のような縦長の瞳孔を持つ瞳、そして尖った耳も尋常ではないのだが、なによりも、そのおネエ言葉の音域が……。
「げっ……」
「お、オカマ……」
 ゼックとアーヴェルのひきつった呟きに、その怪しげな人物はキッと二人を睨む。
「オカマとは何よ!アタシは剣の精よ!性別なんかないんだから!」
 性別がないといっても、完全に男声なのだから説得力がない。
「剣の精?」
 やけに冷静なアヴィーが呟く。と、ようやく彼女に気付いたらしい怪しげな人物は、 嬉しそうに空中で身を翻してアヴィーの正面に陣取った。
「そうっ!アタシはこの聖剣ケルナンアークに宿る精霊。剣の主人を守護する者。さあ、アタシのご主人様はあなた?」
 アヴィーは静かに首を横に振った。
「私は勇者を探してる。あなたはその勇者を主人にすればいい」
 その言葉に、剣の精霊は眉を潜める。
「勇者?なあに、またこの世の中は物騒になったのぉ?でもアタシのご主人様はあなた♪だって、アタシを五百年ぶりに解放してくれたんだもの」
「あなたを託されたのはこの人」
 アヴィーはびしっとリファを指差した。リファが、うっと動きを止める。
「へぇー?」
 リファをジロジロと眺めて、しかし精霊はアヴィーに向き直る。
「でも、アタシはあなたの方が好み!ね、アタシにあなたの名前を教えて!そして、アタシに名をつけてちょうだい♪」
 好みで主人を決めていいものなのかは知らないが、どうやら精霊はアヴィーを気に入ったようである。ふわふわと浮かび上がってアヴィーの頭上を通り越えると、アヴィーの首に両腕を回してなついてくる。
「名前がないの?」
「あるわよ。でも、アタシ達の名前は人には発音できないの。だから、ご主人様になる人に、呼び名をつけてもらうことにしてるのよ♪」
 まるで猫のようにアヴィーにすりよっている様子を見て、思わずアーヴェルが
「……オカマのくせに女の子に媚びてやがる」
 ぼそっと呟く。と、再び食って掛かる精霊。
「オカマとは何よオカマとは!アタシはねえ……」
「オカマだろうがっ!そんな低い声で「アタシ」なんでゆーなよ気持ち悪い!」
「ぬわんですってぇ!」
 不毛な言い争いを、アヴィーの一言が止めた。
「ジーン」
「え?」
「あなたの名前。私の名前はアヴィー。これでいい?」
 その言葉に、精霊の瞳が見開かれる。
(ジーン……継ぐ者…。この子、古代魔術語を知ってるの?)
 古代魔術語。ルーンとも呼ばれるそれは、かつて北大陸に栄えていた魔法大国で開発された魔術用語である。極めて複雑な言語体系を持ち、現在ではわずかに魔術士達が習得しているのみだ。
 その魔術士であるリファも、アヴィーの言葉に興味を覚えたようだった。しかし、あえて何も言わずに見守っている。
(……まさかね。それにしても、懐かしい響きだわ)
 かつての主人のうち、何人かはこの言葉を巧みに操った。
 ルーンは原初の言葉。そして、それは万物の本質を現すものとされる。
(このアタシにぴったりの名前を紡ぐなんて、素敵な子じゃない♪)
 精霊はにっこり笑って、空中を泳ぐようにアヴィーの前に回る。
「ありがと!それじゃアタシは今日からジーンよ。ヨロシクね、ご主人様♪」
「こちらこそ、よろしく」
 オカマの精霊とは、これまた妙な仲間が増えたものである。
「仲間が増えたのはいいけど、こんなのと一緒にこれから旅すんのかぁ……」
 がっくりと肩を落として嘆くアーヴェルに、まあまあとリファが慰めに入る。
「旅は道連れ、いいじゃありませんか。きっと楽しいですよ」
 色々な意味でね、という言葉を飲み込む程度には、リファも人が出来ている。
「で?ご主人様。これからどこに向かうの?」
 ジーンの問いかけに、アヴィーは極めて簡潔に答えた。
「勇者のもとへ」
「……どこにいるの?」
「さあ。分からない」
 あっさり言うアヴィーに、ジーンが宙に浮いているのにも関わらず、盛大にずっこけそうになった事は言うまでもない……。


第二章・終
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